微笑みの魔術師
逢う魔が時。
ひとつの小さな影が森から飛翔し、射落す間もなく壁に吊るされた男に近づく。
「灯を。」
ナーダルが命じると、すぐに松明が投下され城壁をあかあかと照らす。
「本当に子供か。」
ミルガルムが覗き込む。
つい、と視線が合う。
ふよふよと子供が上がって来て、ナーダルとミルガルムを指差す。
「そこのお二方。彼を引き上げたいので手を貸して下さい。」
数多いる兵の中から選ばれて、ナーダルは笑う。
「アレは上官命令なので、お手伝いはちょっと。」
「首が飛びます。」
一兵士の振りをすかさずして、ミルガルムも追従する。
大店の子弟で羽振りの良いナーダルと違い、彼の身につけている物はそこいらの兵士と大差ない。
「見込み違いかな?貴方がたが将だと思ったのですが。」
こちらの少年もふふふと笑う。
笑っていながら、眼光鋭く二人を見つめている。
「気絶しているおじさんをお姫様抱っこして参上というのも様になりませんしね。…砦、壊しますよ?」
激情は抑えて来たつもりでも、ウィラードの凄惨な姿を目の当たりにすると中々怒りを収めきれないシロンである。
「どうします?アレ。相当溜め込んでますよ?」
「ストレスはその場で発散するに限るな。」
目が全く笑っていない子供の様子に、ナーダルとミルガルムはひそひそと密談する。
「聞こえてますが。貴方が責任者ですか。」
迷う事なくミルガルムの前に立つ。
「そうです。そのお方が総司令のミルガルム様です。」
あっさりナーダルが上司を売った。
「非道、上げてやれ。」
部下に恵まれないと嘆く男は、一息ついてナーダルへの怒気を収め、命じる。
足元へ横たえられたウィラードを中心に、シロンは一気に回復魔法をかける。
少し心得のあるミルガルムがほお、と感嘆する。
彼の癇癪で負ったナーダルの傷も癒えている。
少し離れた所でどよめきが起きた。
「手が生えていました。」
ミルガルムに走らされた兵が戻ってきて報告する。
「四肢欠損も癒すか。」
ウィラードから聞き出した通りの凄腕だ。
これに暴れられたら、砦は。
壊す、と言い放ったのは伊達じゃないなとこめかみを押さえる。
さて、どうする?
そんなミルガルムの葛藤をシロンはあっさり断ち切る。
「ご安心下さい、魔力切れです。もう、逃げも暴れも出来ません。これでその弓を下ろしていただけますか?」
最後の言葉は背のリュヘルに向かって。
「今片付けた方が、」
「めんどくさくないっすよー。」
こちらも剣を抜いたジャムスが後の言葉を続ける。
「いつも好き勝手するくせに、いちいち言質を取るな。」
部下が先走り片付けちゃいました、って事にならんかなと考えていたミルガルムが本音を吐いて天を仰ぐ。
その上空から。
ちっ、と舌打ちをして煌華がヌコと舞い降りる。
本音はミルガルムとほぼ同じ。
一人先走ったシロンが追いついた時には片付けられてましたって事になりませんでしたわ。ちっ。
そんな感じである。
「そう言えばもう一人いましたねえ、まほーつかい。」
ナーダルが早々に剣を片付ける。
リュヘルも弓を下げる。
「ええ?そりゃないっすよー。」
ジャムスもまた。
「あら、闘いませんの?」
つまらなそうに煌華が言う。
「…魔力切れって言ってたわね。」
ふと思い出してニンマリする。
それならこの虫ケラもわたくしを止められないわね。うふふ。
常態ミルガルムがストレスを発散させるタイプなら、幻獣煌華はストレスを作らないタイプである。
気に入らない虫ケラどもは殲滅させるに限るわ、にこにこ。
「嘘です。魔力、沢山残してます。でも、無いということにして、穏便に話し合いませんか?」
穏便さのかけらも無い極上の笑顔でシロンが促す。
反対に煌華の笑顔が固まり、憎々しげにシロンを睨みつける。
「話し合いと言うが、先に斥候を送り込んできたのは其方だが。」
「手違いだと言うことは、彼から聞き出していらっしゃるでしょう?」
幻獣と獣人と気絶している人間。
ただそれだけを従えて、平然と敵陣を歩く子供。
いや。
それだけと言うよりは、そんな者を従えて、と言うべきか。
いずれにせよ只者では無い。
「内陣まで連れ込むんすか?」
「立ち話で終わらせられると思うか?」
ミルガルムの顔に、ああ面倒くさい、と書いてある。
基本、シロンという人間は真面目である。
カリオンのシリアスな怒りは同じ思いを味わった今、尚更同情する。
その怒りの矛先といえば、なんとも気の抜けた有様で罪悪感のかけらも持っていないようだ。
この砦の者達には彼らなりに考えはあるのだろうが、対岸の獣人達との温度差に目眩すら覚える。
今のシロンには火に油を注いでいるようにしか感じられない。
ふつふつと怒りが湧き上がり、天誅として裁きを下したい誘惑に駆られる。
だが、正義と悪などと言う概念は立場を替えれば逆転する事が多々ある。
士郎として平和に過ごした中でそれを学んだ時、シロキオンであった自分を省みるのを怖れた。
随分と正義をかざしてきた覚えがあったから。
どす黒いオーラを漂わせるシロンを先導しながら。
「あの子、男っすよねー。可愛い顔してるのに、惜っしいなあ。ここ、もうちょっと女っ気増えないっすかねぇ?」
軽薄が油を注ぎ続ける。




