戦端
開戦間近。
そうであらば、急ぎカリオンを待つ兵達の元へ戻らねばならない。
後方をまとめる他の長達もシロンや煌華に翻弄されなければ、彼らなりに動くだろう。
村の外れに、騎馬替わりの大蜥蜴が用意されていた。
一頭にカリオンとシロン。もう一頭に煌華とヌコが乗る。
鬱蒼と茂る木々の中を巧みに操り、疾走するカリオンと。
邪魔な木々を遠慮なく風魔法でぶった斬り、まかり通る煌華と。
一直線の綺麗な道が出来上がるのを見て、カリオンが低く唸る。
「辞めさせますか?」
街道の下地にはもってこいではあるが、戦を控えた今は流石にまずかろうと、シロンも伺いを立てる。
「いや、時が惜しい。」
怒気を孕んだ声でカリオンは言い捨て、さらに騎獣の速度を上げた。
「貴方ほどの乗り手は多いのですか?」
「怒鳴るな。聴こえている。」
シロンが風に負けじと張り上げた声に、ご丁寧にも大声で返してくる。
獣人は耳がいい。人間は、そうでもない。
側から見る者がいれば、まるでカリオンが一方的に怒鳴り上げているかの様な会話が始まる。
「戦力を知りたいのか?」
「この素早さで騎兵隊が組めれば森の中では負け知らずでしょう。」
「魔獣を仕込むのは手がかる。乗りこなすのも、だ。」
「では、」
「あるぞ。少数部隊だが、精鋭だ。」
にやり、と口角が獰猛に上がる。
「だが、人間は森へは入って来ない。大抵は郷へ近づく魔獣狩りをさせている。」
「人が入って来ないなら、どうやって戦になるのですか?貴方がたが攻め入っているということでしょうか?」
「そうだ。我らが攻め入る。何故だと?それは、」
カリオンが吼える。
「人間を八つ裂きにしてやりたいからだ!」
流石にヌコでもカリオンが何を吼えているかまでは聞き取れない。
だが、シロンが怒鳴られ続けているのは伺える。
ハラハラしながら先を行く魔獣を追う。
ヌコの気が外れているのを良い事に煌華はすりすりと身体を擦り付けマーキングに余念がない。
「失礼した。卿に怒鳴る筋合いではないな。」
しばらくして、カリオンが口調を戻して言った。
「卿の手下を差し向けたのは俺だから、お主がどちらを恨むか分からぬが。だが、まあ、見れば我らの怒りは解るだろう。」
「何をです?」
「見れば解る。」
ぎり、と唇を噛み締めて後は語らない。
何か、余程の事があるのだろう。
この肝の座った獣人を狂い怒らせる何事か。
幻獣の長、焔も荒れ狂った時があったという。
人間の業は彼らの憎悪を掻き集める程、罪深いものなのだろうか。
獣人と人間と、ともに生きる世界を。
改めてその難しさ厳しさをシロンは感じ、彼もまた深い思索に沈黙する。
常態のミルガルムと呼ばれる男の健康法。
それは、ストレスを溜めない事だ。
曲者揃いの部下を相手する中で、キレたくなるような事があったら。
平静を心がけて、呼気を整え、自分の沸点を持ち上げる。
そして、それでもぶちキレそうになった時は。
ウィラードが連行されて入った部屋では冷酷と非道がそれぞれの部下に手当てを受けているところであった。
もっとも慣れている二人は部屋の惨状と、今一人手当てを受けている男、軽薄に較べれば大した怪我ではない。
果たして一体何が起きたのか。
さっぱりウィラードには理解が出来ないのだが、彼を連行した無骨な男、諧謔は密かに息をつく。
部屋の奥の無傷な男、ミルガルムがすっきりした顔で彼を迎え入れた。
ストレスは溜めないで、発散させるに限る。
おかげでそのメンタルは鋼のごとく、強い。
「ウィラード、と言ったか?」
「其奴らに全部話したが。」
「何を聞かれた?」
は?とウィラードは目の前の男を見る。
そんな事は、其奴らに聞けばいいだろう。
「このど阿呆どもはな、尋問も報告もまともに出来ない阿呆なんだ。」
うへぇ。
聞いて思わず床に突っ伏す。
尋問官が使えない奴だからもう一度尋問し直し?あり得ないだろう。
時間を稼げば稼ぐほどシロンには有利、そう思ってあからさまに遊び半分な巫山戯た尋問にも付き合い耐えてきた。
だが、獣人からと人間からとの立て続けの仕打ちにもはや発狂寸前だ。
「おい、大丈夫か?ヒールもう二、三回かけてやるぞ?」
ああ、そうだ此奴はヒール屋だったな。
ぼんやりとウィラードは思い出す。
「なあ。俺は将でも兵ですらない一介の平民だけどな。ここで、一番偉い奴を呼んで貰えないか?」
治癒専門の魔導師が居るということはまた酷い目に遭わされるのか、とその声は震えている。
「お互い二度手間は面倒だろう。後は好きにしろ。」
ミルガルムは未だ見ぬシロンを羨んだ。なんてまともな部下を持っているのだ、と。
「阿呆どもの片腕ずつやるから、あんた俺の右腕やってみないか?」
リュヘルとナーダルが揃って自分の腕を見てから肩をすくめる。
「治療師が酷い勧誘だ。」
ウィラードは律儀に茶番の相手を続ける。包帯ひとつろくに巻けない男を勧誘してどうするのだろう。
「治療師?ああ、知らないのか。俺はあんたの言う、この砦で一番偉い奴だ。どうだ?部下にならんか?」
「一番偉い?」
呟きにリュヘルとナーダルがこくこく頷く。酷い上司だろう?とでも言いたげだ。
変人外道の吹き溜まり。
もし、シロンの元へ戻れたら、そう報告しようと思うウィラードだった。
それはさて置き。
リュヘルとナーダルが汚名挽回とばかりに二人がかりでウィラードを問い詰める。
主に聞かれるのはシロンと煌華の魔法についてだ。
どれくらい強力な術者なのか?
どんな魔法が使えるのか。
微に入り細に入り。ウィラード本人すら忘れているような事を巧みに聞き出す。
ウィラードが力尽きると、すかさずヒールおじさんが部下にしてやるぞ、と呪いながら回復をかけてくる。
悪夢のひと時の後、ようやく知りたい情報を得たのか。
ミルガルムが二人を制し、しばし黙する。
「お前の主人の目的は通商だったな。」
弱々しく、ウィラードは頷く。
「ここを攻撃したりは?」
「主人は、それを、望みません。」
「…では試そう。非道、此奴をお前の所に、」
吊るせ、とミルガルムは続けた。
次から章が変わります。
おっさんが変なフラグを立てるから酷い目に遭い続けてますが、きっとマニュキアとか塗られているんだと思います。あー、酷い話だ。




