幻獣覚醒
得体の知れぬモノ。
そう言われたハルは、えっ?と固まった。
「ありがとうございます。我々は我が領とイズールを結ぶ交易路を整備して、」
にこやかに話を続けようとするシロンの両肩に手を置く。
「ハル?今、大事な話をしているんだけど?」
「シロ、俺も大事な話をしたい。アイデンティティに関わる重大な情報を得た気がする。」
「ハルが幻獣じゃなかったって事?」
「うわぁ、ちゃんと聞いてるし。え?どういう事なん?俺って、じゃあ何者?煌華さんがもしかしたら姉さんかもってちょっとドキドキしていたのに。」
焔と陽華がブンブンと首を横に振っている。
「だって、金の目でしょ?角に牙に、竜にだってなれる。」
「…この里以外の出自の幻獣なのでは?」
ハルの必死の様相に、シロンが助け船を出す。
「この世界に、我らの棲はここしかない。ここは特殊な場なのだ。」
「…嘆かわしい事ですが、奴隷とされているお仲間もいらっしゃいます。彼らの子、という事も?」
「特殊、と言うた。この棲でしか儂らは増えぬ。」
「水無、」
「おう、つい口が滑ったわ。」
幻獣の存亡に関わる重大な情報まで曝露されているが、ハルにはそれどころでない。
「卵、転がってどっかいっちゃう事もあるじゃないですか!」
ハルが一生懸命にありそうな理由を考える。
が。
「卵?」と、陽華。
「卵。」と、ハル。
「あなた、卵から、生まれた?」と、もう一度陽華。
「た、卵から、トカゲみたいな幼生体で。」
恐る恐る、ハル。
「卵に蜥蜴?君は一体…いや、うん。そんな事もあるかも知れませんね。」
焔が目線を逸らす。
「ホムラさん、今、面倒くさいって思っ」
「思っておりませんよ。思っておりません。」
疚しかったのか二度、言った。
「鬱陶しい奴じゃ。己が何者であっても、己である事には変わらぬわ。」
茜に叱責されて、おう、とハルは少し顔を上げる。
「蜥蜴が難しく悩むな。」
水無の物言いに、やっぱり下を向く。
(俺は、いったい何モノなんだ?)
ハルが沈黙したので、一同は話を交易路に戻す。
自分達に似た、この変な生き物は何なのか?
最初は興味を持った幻獣達も、ハルの苦悩っぷりに面倒になった様である。
シロンは友人として、気にはなっている。
だが、ハルとの時間は後でいくらでも取れる、今は幻獣達と交渉を続けたい。
そう思って。
黙したままのハルを横に、シロンは獣人奴隷解放の事、商都構築をめざしイズールへの新たな交易路を開拓しようとしている事、等を語る。
険しい山路や、冬季の寒波を凌ぐ為、また幻獣を怖れる獣人と幻獣が嫌悪する人間が不用意に幻獣の棲へ立ち入らずに済むよう、この地下深くに街道を掘るのを許可して欲しい。
地下であればこの聖地を荒らす事も無いのでは?と、水無の失言も考慮に入れる。
私は煌華さんと渡り合える魔術士です。地下通路を掘る為に大勢の人間が何年もここを彷徨く心配はありません。
もし、皆さま方が手をお貸し下さるなら、尚早く事は済むでしょう。
街道沿いに宿や食事処を営んで頂ければ、きっと獣人達も立ち寄り、皆さんと触れ合う機会も出来るに違いありません。
シロンが熱弁を振るう。
最初はあまり関心なさそうな顔をしていた幻獣達も、最後の獣人と触れ合うのくだりでは力強く相槌など打っている。
「酒場も良いな、兄上。」
「うむ。」
飛空と疾風が何やら妄想を膨らませている。
「馬鹿に、しやがって」
不意に低く唱えて、ハルが立ち上がる。
シロンと幻獣達がハルに目を向ける。
「ふざけんなっ!!」
大声で叫ぶ。
鍛治師の戯れで不気味な妖剣のごとき装飾を施され、凡剣でありながら魔王と戦い勇者をも刺し殺し。
才も無く、薄気味悪い風貌で生まれつきながらも、家族と友と仕事を得て慎ましく生きようとするも早世し。
長らくの辛酸の隷属から解放され、ようやく今世の同胞に受け入れられる、そう思った矢先の拒絶。
否。
拒絶ではない。
異なっていたのだ。
また、この世界でも、凡としているのに不気味な存在だと指摘され、自覚し、呪う。
何故、俺が。俺ばかりが。
泣き笑いの顔で、ハルはシロンを見る。
そして、やはり、思ってしまう。
何故、お前が。お前ばかりが。
嗚呼、俺は、壊れてしまった―――ハルの意識はそこから先は、無い。
シロンの肌が粟立つ。
「ほう、ここまで似ますか。」
つ、と蓮がシロンを背に庇う。
先ほど彼が見せた妖気と同質のモノを纏い、ハルが哄笑する。
疾風と飛空が、剣を構える。
焔と陽華の魔力もみるみる高まる。
「別れを。」
ひっそりと蓮がシロンに囁く。
アレは魔族の気、それも、上位、いや魔王の成りかけかもしれない。手遅れになる前に。
勇者の記憶と。
彼はハルだ!
春人と友情を交わしてきた士郎の記憶と。
シロンが唇を噛む。
幻獣を止めねば?せめて自分でとどめを刺さねば?
「些事に一々ほたえるな。水無?」
「ほうほう。よく壊れておる。もとの器は無理やもしれぬ。」
「形などどうでも良い。」
茜と水無が瘴気を撒き散らしながらケラケラと嗤うハルをつっつく。
「ふむ。我らに似るならお主も幻獣であろう。さて、どの現し身ならしっくりくるか?」
水無に撫でられて、粘土細工のようにハルの姿が歪む。
小さく、小さく。
やがて、ポトリ。
シロンは懐かしい小刀となったハルを拾い上げた。




