魔の森
新章入ります
#一話にまとめました
「何か、包む物を頂けませんか。」
拾い上げた小刀が記憶よりやや大きく感じるのは、現世でのシロンがかつてのシロキオンより未だ幼い身体だからであろう。
神の加護も無く勇者のおまけとして転生を繰り返し疲れ果てた魂は、元の長剣の姿すら保てなかったのか。刃も鈍くとても頼りない。
「は、ははは。全く非常識な。」
緊張を解いた蓮が声を立てて笑う。多分、彼には珍しい事なのだろう。翔龍達が驚いている。
「蜥蜴の次は刀か。幻、というより妖だ。」
やれやれと焔。
「ほれ、これで包むがいい。」
ごそごそと隣室を漁っていた水無が一枚の布を投げて寄越した。
ふかふかで手触りの良い、上質の布だ。
少しお爺さん臭がするが彼の好意である。ありがたく受け取りハルを巻く。
「…戻りますか?」
「さてな。が、出鱈目な奴だからのう。」
「存外歩き疲れただけかも知れぬな。まあ、大事に使ってやる事じゃ。」
そうして、一先ず幻獣達の了を得たシロン達は魔の森へと旅を続ける。
煌華の攻撃で使い物にならなくなった旅荷の類は幻獣達が代わりに用意をしてくれた。
ヌコの旅装が、若干ハルが言う所の萌衣装気味だが、これもまた好意である。
残念ながら逃げた馬の代わりは無く、少々担ぐ荷は増えた。
しかし、幻獣の棲を後にし、しかもハルも同行しないと聞いたヌコの足取りは軽い。
「ハル殿も見送りも無しなどと随分つれないですなあ。」
言外に何かありましたか?と含め、ウィラードが言う。
「ヌコに遠慮したんじゃないかな。僕はもう別れを済ませたし。」
ハルは幻獣の下に残る―――剣になった、と説明しても早々受け入れ難かろうと、そういう事にした。
「そう、ですか。シロン様が、良いのであれば。」
再び険しい山路を行く。
ハルのお調子者な喋りが少し懐かしい、物静かな道行きである。
幻獣達と何を話したのか。
ハルはどうしたのか。
疑問はあろう。
だがウィラードもそれ以上問いただす事なく、黙と足を運ぶ。
ウィラードはよほど己れより、この年若い主人を信頼している。
成年したとはいえ幼さの残る愛らしい少年の見てくれだが、初めて出会った時からしてそこいらの大人が太刀打ち出来ぬほど精神はしっかりとしていた。
忘れもしない、氷雨の降る日の事。
冒険者として名を上げ、伊達男と持てはやされたのも束の間。
驕り自惚れ、分不相応の危険仕事へ手を出して。
任務は失敗し、部下も喪い、自らも大怪我を負った。
やがて酒に溺れ、賭博に身を持ち崩し、次第に後悔も自尊の気持ちもまるで失い、汚いなりで小銭をせびり、野良犬のように追い払われる日々。
それでも生き汚く路地を寝ぐらにしてきたが、どうやらこの冬は越せそうに無い…。
うすらぼんやりと雨に叩かれていたウィラードの前に。
「立てるかい?こんな所で眠ったら凍死してしまうよ。」
嘲りでも罵声でも無い言葉を久しぶりにかけられて、濁った目で声の方を見る。
身なりの良い子どもが寄ってきて、ぐいとウィラードの腕を引き上げた。
小さい。だが、力強く暖かな手。
数日前であればほって置いてくれと振り払ったかも知れぬ。
あるいは金を寄越せと掴みかかったかも知れぬ。
しかし冷たい雨に晒されてじきに命尽きるのを感じていたウィラードは、その手に縋った。
まだ、本当は死にたく無い。生きたい。己れを取り戻したい、と。
ウィラードが時折腕をさするのを見て、シロンが怪我をしているのかと尋ねる。
「あ、いやそうでは、ありません。」
古傷が痛む?と重ねて訊かれ苦笑する。
「腕も、脚も完全に治していただきました。なんとなく昔を思い出してしまい、つい触っていただけです。再び剣も握れ、こんな山道も歩けるようになるなど、シロン様には感謝しております。」
今更ながら、深く頭を下げる。
「ウィラードさん?それは疲れたから歩きたく無いと、いう事かな。」
思わず、シロン。
「…他意はありません。ハル殿と一緒にしないでいただきたい。」
「ええと、ごめんなさい。ありがとう。ヌコは平気?」
「はい、平気です。この岩場は落ち着きません。もう少し先まで急ぎましょう。」
いつもは無礼な物言いのウィラードに率直な謝意を示され、シロンの口許が緩む。
最後にハルから向けられた憎しみの念は、思っている以上にシロンを憔悴させていた。
だから、ウィラードやヌコから伝わる感謝の気持ちが面映くも有り難く、シロンを癒してゆく。
シロンが大事に剣の包みを背負い直すと、再び一行は黙と歩む。
やがて砂礫の山道は木の根の絡む獣道に変わり。
鬱蒼と茂る枝葉が陽光を遮る。
ムッとする腐葉と水の匂い。
虫や鳥や獣の気配。
魔の森―――そう呼ばれるのも納得の、深く広がる森にいつしか入っていた。
魔の森、と言ってもかつてシロキオンとして戦った魔物―――人の肉や感情を糧とする存在は、士郎の世界と同様に存在しない。
厳密には幻獣が魔族と呼んでいた存在と同質のものだとシロンは気づいたが、彼らは人を捕食するモノでは無い。
魔、と呼ばれるのは、縄張りに入ってきた人間を恐れ逃げる代わりに襲ってくる、大体が巨体の獣だ。
そう。
例えば今、ヌコが蔦と間違えて払ってしまった長い尾を持つ大蛇のような。
『がっ』
生臭い息と毒液を吐きながら枝をすり抜けた頭部が、降り落ちヌコに迫る。
胴体は、ぬると、まるで別の生き物の様にウィラードを追う。
『キンっ』
硬い鱗にシロンの放った氷弾が弾かれる。
ヌコが素早く顎門をかいくぐり、ウィラードも渾身の力で胴を蹴り上げる。
じゅ、と毒液の滴り落ちた地面から煙があがる。
動きは素早く、地を這うかと思えばするすると木を登り上からも襲ってくる。
まして枝葉や地面と同色の模様で、巨体にもかかわらず見失いやすい。
必死に逃げ回るヌコとウィラードから少し離れて、何やら考えるシロン。
「高みの見物は勘弁下さい!」
剣を振るえば木々に邪魔をされ防戦一方のウィラードが泣きを入れる。
「ごめん、今。ブリザード!」
急激に気温が下がり、大蛇の周りに雪が降る。
鎌首を上げていた動きが、次第に鈍くなり動きを止める。
冬眠。
どう?とばかりにシロンが二人を見る。
物理は苦手でも、化学と生物は履修した理系男子なのだ。
「普通に睡眠の魔法じゃ、ダメにゃんですか?」
半分凍りながら、ヌコが素朴に尋ねた。
もちろん、だめではなかった。




