「十七章・血塗られた神々」
その厄災は火の雨を降らしながら現れた。
大地は、瞬く間に炎に包まれ、人々は逃げまどう。
人が放つあらゆる砲弾を一瞬で消し飛ばし
大地すら沸騰させる波動を放ち、全てを焼き尽くす。
その者、血の海の中でたたずみ、殺戮を繰り返す。
その瞳と同じ、血塗られた神。
人が初めて目にした二人目の神、
システィナ・ニルファリアは、そうやって人々の心に刻まれた。
カシス・ミリキュアールによって編集されたであろう映像は
だが、どこまでが事実でどこまでが嘘かを見抜くことはできなかった。
実際に、第13地区の方面で恐ろしい業火が降り注ぐ光景は目撃されたし
あそこに数万はいたはずの人は全て跡形もなく消えさっていた。
システィナは・・・・やはりシスティナは力をもち、
それが故に、カシスに連れて行かれた。
そして今、彼女はあの血塗られた神に利用されている。
俺が・・・俺が彼女を守る力がないばかりに・・・。
この事実は実用化に向けて迷っていた俺の心を決めることになった。
この決定が後世にどのような災いをもたらすかも考えずに・・・。
第20地区の研究施設から俺はその衝撃の映像を見てしまった。
他の場所でならば、まだ思いとどまったかもしれない。
だが、その場所で見てしまった以上、俺は自分の決断を止めることはできなかった。
「ソニア、試作体の量産に入ってくれ。
後は、制御装置の力が少し弱いのも気になる。
出力をあと10%はあげられないか、調整してほしい。」
俺は表向きは、第20地区の総裁という肩書きだが、
裏では、神々に反抗するレジスタンスをまとめている。
ここはそのレジスタンスの研究施設で、とある兵器を研究していた。
「試作体はどれをベースにしたものがよろしいですか?
全て素体の生成まで成功していますので
どれでも量産に入れます。」
俺達の地区ではクローン技術が進んでいた。
表向きは食料を量産するための手段で、それは事実であり欠かせない技術だ。
だが、裏の利用方法もあるってわけだ。
「素体の調達に融通が利くオールドから試そう。
まだまだ試作の領域からでていないからな。
チャイルド、レディはオールドである程度成功してからだな。」
オールド、チャイルド、レディはクローンを造るための
素体のコードネームだ。
オールドはカシス・ミリキュアール。
チャイルドはフリオニール・ランタックス。
レディはシスティナ・ニルファリア。
この三人が、現状”神”の力を持つと見なされる者達だ。
その全ての細胞を俺達は手に入れている。
チャイルドは、フリオがもっていたナイフの先に微量の血液が付着しており
そこから素体の培養までこぎつけた。
レディはシスティナの部屋から、それと思われる素体が見つかった。
その素体にメモされた日付は彼女が村を去ったその日になっている。
恐らく、システィナはそういった可能性を考慮して、
わざとそれを残していったのだろう。
オールドは、カシスの城に潜伏している
レジスタンスの一人から手に入る。
潜伏といっても、忍び込んでいるわけではなく
紅い眼をもつ者として神に引き渡された者の一人だ。
連れて行かれても、力をもたない者達は戻ることもできず
奴が住まうあの城で給仕として働かされている。
その中の一人がレジスタンスのメンバーだった、ということだ。
「フィル、私たちは間違ってないよね・・・?」
ソニアが、もう長いことフィル総帥と呼んでいた彼女が
昔の口調にもどって、俺にそう問いかけた。
この作戦はレジスタンス内部でも賛否のわかれた意見だ。
人が人を造る、倒すべき敵のクローンをつかって、敵を倒す。
そういった行為が、人道的にも好ましい印象を持たれないからだ。
「間違っているさ、きっとな・・・・。
でも、もうこれしか選択肢がないんだ。今の俺達には・・・な。」
この間違った選択によって、その後どうなろうとかまわない。
神の支配から抜け出し、人の尊厳を取り戻す。
神に捕らわれたシスティナの呪縛を解き放つ。
どちらも俺にとっては大事なことだ。
だが、人の尊厳を取り戻すだけなら、こんな非人道的手段をとるべきじゃない。
しかし、システィナを呪縛から解き放つには、これしか選択肢がない。
俺は今、統治者としてはあるまじき、私情を選んでしまっている。
頭ではわかっていても、俺にはシスティナをあきらめることはできなかった。




