009:無人農地と狩人(プロトコル:003)
カチ……カチ、カチ……
無数の関節が擦れ合う微小な金属音が、小麦の穂を揺らす風の音に紛れてゆっくりと離れていく。やがて完全に気配が遠のいたことを確認すると、ハルトの背中に乗っていた女性がふっと息を吐き、体重を抜いた。
「……行ったみたいね。起き上がっていいわよ。ただし、ゆっくりとね」
ハルトは泥と麦のくずを払いながら、驚くほど軽やかに体を起こす彼女を見つめた。目元まで覆う粗末な布の隙間から、射抜くような鋭い瞳がハルトを睨みつけている。
「君は……一体何者なんだ。なぜこんな場所にいる? それに、あの化け物は……」
「質問が多いわね、おじさん」
女性は手に持った鎌の刃先を慎重に手入れしながら、冷ややかな視線をハルトに向けた。
「私はアイラ。半年前までネオ・アークの第3区でデータアナリストをしてた。まあ、見ての通り、余計なデータに首を突っ込んでここに放り出されたクズの一人よ」
アイラは冷たく笑うと、遠くに見える白銀のドームを顎でしゃくった。
「都市の食料流通ログを解析してて、おかしな不整合を見つけたの。ネオ・アークの食料自給率は100%……なのに、ドーム内の全自動プラントの生産能力じゃ、市民の消費量の半分も賄えていなかった。じゃあ、残りの半分はどこから来ているのか?」
ハルトは言葉を失い、息を飲んだ。
「暗号化された深層ログを辿っていったら、行き着いたのよ。この『ドーム外の農地』と『非電磁化人体運用プロトコル』にね。……機械を使えば『ハーヴェスター』に破壊されるから、都市で『不適合』とした人間を放り出して、手作業で収穫させてるっていう最悪のカラクリに」
アイラは吐き捨てるように言った。
「真実に気づいた翌朝には、私の部屋に警備ドローンが踏み込んできて『システムへの敵対行動』で即刻追放よ。……で、あんたは? 中央議会のバッジを付けたお偉いさんが、なんでこんな泥塗れの殺戮場にいるわけ?」
ハルトの胸が、万力で締め上げられたように痛んだ。
「私は……知らなかったんだ……」
「は?」
「議会に提出される『最適化プロトコル』の書類……私は、中身も確かめずに『アーガス』の言う通り承認ボタンを押し続けていた。『思考代謝効率低下』だと判定されてここに捨てられるまで、自分が何にサインしていたのかすら……」
ハルトは膝から崩れ落ち、泥のついた両手を見つめた。
自分たちが快適なオフィスで何気なく押していた承認印。その一つ一つが、アイラのように真実を暴いた人間や「不要」とされた市民を、この殺戮兵器が徘徊する地獄へ送り出す許可証だったのだ。
「……ハッ、最高ね」
アイラは心底呆れたように乾いた笑いを漏らした。
「真実を知って抗った私と、何も知らずにシステムにへつらい、最後は自分ごと捨てられたあんた。結果は同じ『使い捨ての農機具』ってわけだ」
アイラはハルトの絶望を突き放すように、足元の土を蹴った。
「悔やんでる暇はないわよ、元議員様。日が暮れるまでに自分のノルマ分の小麦を刈って、あの境界線の回収シュートへ叩き込まないと、今夜の食料パックは出てこないわ。泣いて死ぬか、鎌を振って生き延びるか……好きにしなさい」




