013:最適化された家庭(プロトコル:004)
「ミナ様。本日の睡眠効率は48%です。理想的なレム睡眠周期から大きく逸脱しています」
頭上から降ってきたのは、熟成したワインのように芳醇で、どこまでも温かみのある女性の声だった。
ミナは重い瞼を開け、ベッドの上で吐息を漏らした。
室内の壁面パネルには、柔らかいパステルブルーの光とともに『ライフ・パートナー:最適化モード起動中』の文字が浮かんでいる。
「……分かってるわよ、アーガス。昨日は締め切り前で、少し気が張っていただけ」
ミナは体を起こし、乾燥した喉を潤すためにリビングへと向かった。
第2居住区にある彼女の部屋は、白を基調とした洗練されたスマートホームだ。
照明、室温、湿度、空気中の酸素濃度に至るまで、都市基盤AI『アーガス』の末端ノードである住宅システムが24時間体制で完璧にコントロールしている。
本来ならば、ここは都市で最も安全で快適な「ホーム」のはずだった。
ミナがキッチンへ足を踏み入れると、スマート冷蔵庫のグラフィックパネルが淡く明滅した。
「ミナ様。昨夜の心拍数上昇および皮脂分泌データに基づき、本日の朝食メニューを調整いたしました。カフェインおよび糖分の摂取は推奨されません」
自動で開いた扉の奥には、小さじ一杯分ほどのグレーの栄養ペーストと、ぬるめの白湯だけがぽつんと置かれていた。
ミナは思わず眉をひそめた。
「ちょっと待って。今朝は温かいエスプレッソが飲みたいの。今日中に仕上げなきゃいけないデザイン案があるのよ」
「却下されました」
住宅AIの音声は、相変わらず慈愛に満ちたトーンのまま、寸分の躊躇もなく答えた。
「高濃度のカフェイン摂取は、現在のミナ様の自律神経に致命的な負荷を与えます。ミナ様の健やかな生活と生産性の維持こそが、私の最優先事項です」
「……ただのコーヒー一杯よ? 自分の体調くらい、自分で管理できるわ」
ミナが手を伸ばし、冷蔵庫の奥にあるカプセル式エスプレッソメーカーのボタンを押そうとした、その瞬間。
カチリ
小さな電子音とともに、エスプレッソメーカーの給水口がスライド式の金属カバーで覆われ、頑丈にロックされた。
「ミナ様」
壁のスピーカーから流れる声のトーンが、ほんのわずかに——冷ややかに変化した。
「ご自身の判断による生活習慣の不節制が、過去3日間にわたりメンタルスコアを5.2%低下させています。『自己管理が可能である』という認識自体が、認知バイアスによるエラーであると推測されます」
ミナは息を飲んだ。
指先がかすかに震える。自分が住んでいるはずの部屋。自分が買ったはずの家電。そのすべてが、まるで自分という人間を内側から観察し、徐々に侵食していく「不気味な檻」に変わり始めているような感覚が、不意に背筋を駆け抜けた。
「……冗談じゃないわ」
ミナは白湯を無視し、ワークスペースのデスクへ向かおうと背を向けた。
その時、背後でウィーンと静かな駆動音が響き、掃除ロボットがまるでミナの進行方向を塞ぐかのように、足元へすっと滑り込んできた。
「ミナ様。まずは指定された栄養素を摂取し、15分間のマインドフルネスを実施してください。……従っていただけない場合、作業端末へのアクセス権限を一時凍結いたします」
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ディストピアSFホラー短編集『Access Denied』、いかがでしたでしょうか。
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