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転生令嬢と黒猫の秘密の計画 〜冷遇されているので偽装結婚から一発逆転狙います!〜  作者: 鳴神楓


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9.それぞれの道

 しばらく馬車に揺られて到着したボールドウィン男爵邸は、オルセン伯爵家のような歴史を感じさせる重厚さこそなかったが、隅々まで手入れが行き届き、洗練された新しさと清潔感に溢れていた。


「ようこそ、エリーゼ様」


 馬車を降りると、仕立ての良い服を着た初老の執事と使用人たちが、温かい笑顔と恭しい礼で出迎えてくれた。

 物置部屋で冷遇され、メイド扱いされていた身としては、その丁寧すぎる扱いに少しむず痒い気持ちになる。


「ここがお前の部屋だ」


 男爵に連れられて通されたのは、日当たりの良い南向きの広い部屋だった。

 ふかふかの大きなベッドに、高級そうな絨毯。

 クローゼットを開ければ、私の体型に合わせて事前に用意されたのであろう美しいドレスが何着も並んでいる。


「こんなに素敵なお部屋を……ありがとうございます、ボールドウィン男爵様」

「ヘンリーでいい。

 形だけの『白い結婚』とはいえ、表向きは妻だ。

 他人行儀すぎるのも不自然だからな。

 それと、ルカ」


 男爵――ヘンリー様が部屋の扉を振り返ると、廊下からルカがひょっこりと顔を出した。


「お前の師匠からの紹介状の件だが……国に推挙する手はずは整えた。

 明日から『王立魔術師団』の見習いとして籍を置いてもらう」

「えっ……王立魔術師団に!?」


 ルカが目を見開く。

 王立魔術師団といえば、国でもトップクラスの魔術師たちが集う最高峰の組織だ。


「当たり前だ。

 お前のような希少な変身魔術の使い手を、我が家の私設護衛や裏方仕事で小さく収まらせるつもりはない。

 お前の師匠の言う通り、魔術師団の中で才能を磨いて名を挙げろ。

 お前が名を挙げた後で、俺の商会の後ろ盾になってくれるんなら、その方が商会にとってはるかに得になる」


「ヘンリー様……!

 はい!

 僕、死ぬ気で修行して、立派な魔術師になります!」


 ルカはキュッと拳を握りしめ、力強く頷いた。

 小さく隠れるための黒猫ではなく、誰かを守れる大きな存在になるために――彼の目が、真剣な覚悟で満ちていく。


(……ルカも、自分の道を歩み始めるのね)


 私も負けていられない。


 ふかふかのソファに腰掛け、温かい紅茶を味わいながら、胸の奥でメラメラと情熱が燃え上がるのを感じていた。


────────


 翌日、私はヘンリー様の執務室へと足を運んだ。


「さて、エリーゼ嬢。さっそくで悪いが、お前が持っているという『面白い物語の案』とやらを聞かせてもらおうか」


 ヘンリー様は机に肘をつき、商人らしい鋭い瞳で私を見つめた。

 私のことを見定めるような視線だが、怯むつもりはない。


「ええ、喜んで。

 ……ヘンリー様、いま王都で流行している娯楽は、歌劇や古典的な恋愛戯曲が主流ですよね?」

「ああ。

 だが正直、どれも似たり寄ったりで飽きが来ている。

 もっと刺激的で、老若男女が夢中になるような演目があれば、俺の劇場は連日大盛況になるんだがな」

「でしたら……このような、痛快な大逆転劇はいかがでしょうか?」


 私は前世で誰もが知っていた名作童話『シンデレラ』や、大衆向けエンタメのノウハウをベースにした物語の概要を語り始めた。

 継母や意地悪な義理の姉たちに冷遇されていた不遇な少女が、魔法の力で美しくドレスアップし、舞踏会で王子様に見初められる。

 ガラスの靴をきっかけに、意地悪な家族を見返して幸せを掴み取る――。


「……ほう」


 ヘンリー様の目の色が変わった。

 身を乗り出し、食い入るように私の話を聞いている。


「ただの悲劇や高尚すぎる劇じゃない。虐げられた主人公が最後にスカッと逆転するストーリーは、貴族だけでなく一般市民の心も激しく揺さぶります。

 舞台の仕掛けや衣装の早替え、光の演出など、アイデアはいくらでも出せますわ!」

「面白い……!

 面白すぎるぞ、エリーゼ嬢!

 古典的な劇に飽きていた連中が飛びつくのは確実だ!

 『誰もが共感し、スカッとする物語』……これは、王国中の演劇界をひっくり返す大ヒットになる!」

「ええ。そしてこれは、ほんの序章に過ぎませんわ」


 私がふっとニヤリと微笑むと、ヘンリー様は大声をあげて愉快そうに笑った。


「ハハハ!

 頼もしい限りだな!

 よし、すぐに劇団の手配と脚本の清書に入るぞ!」


──────


 その日の夕方、黒猫の姿のルカが私の部屋に顔を出してくれた。

 一応既婚者となった私の元に、同年齢の男性がしょっちゅう訪ねてくるのは問題があるから、今後も黒猫の姿でやってくることにしたらしい。

 人間の姿に戻ったルカは、泥と汗にまみれ疲れた様子だったが、それでも満足げな顔をしていた。


「お疲れ様、ルカ。

 魔術師団はどうだった?」

「すごく厳しかったよ……!

 周りは年上のすごい人ばかりで。

 でもね、僕の『黒猫への変身』を見た団長さんが、精密な魔力操作の才能があるって褒めてくれたんだ!」

「本当!? すごいじゃない、ルカ!」

「うん!

 でも、小さくなるだけじゃ誰も守れないから……もっと魔力量を増やして、大きな姿にもなれるように修行するんだ。

 エリーゼやヘンリー様が胸を張って『僕たちの仲間だ』って言えるような、かっこいい大魔術師になるためにね」

「ふふ、期待してるわ。

 私もヘンリー様と最高の舞台を作る準備を始めたところよ」


 夕暮れの柔らかい光の中、私たちは顔を見合わせて笑いあう。


 ルカは国を揺るがす大魔術師への道を。

 私はエンタメ界を揺るがすプロデューサーへの道を。

 別々の場所で戦いながら、お互いを高め合っていく――そんな新しい関係が、ここから始まったのだった。


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