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転生令嬢と黒猫の秘密の計画 〜冷遇されているので偽装結婚から一発逆転狙います!〜  作者: 鳴神楓


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8/13

8.偽りの婚姻

 ボールドウィン男爵との顔合わせ当日。


 私はアメリアがニヤニヤ笑いながら持ってきた、いつの時代のか分からないほど古びたドレスに身を包んでいた。

 色あせた生地はゴワゴワしており、サイズも微妙に合っていない。


「ふふ、まあ私にはお似合いの『ボロ衣装』ってわけね」


 鏡の前で苦笑いを浮かべる。


 露骨な嫌がらせだが、ルカと話し合った作戦通りだ。

 最初から「冷遇されている惨めな娘」として登場した方が、男爵との話を進めやすい。


 応接室に通されると、そこには威厳たっぷりにソファーに腰掛けるヘンリー・ボールドウィン男爵の姿があった。

 噂通りの強面で鋭い目つきだが、その奥には商人らしい理知的な光が宿っている。

 傍らには父親と継母、そしてアメリアが意気揚々と並んでいた。


「ボールドウィン男爵、こちらが長女のエリーゼでございます。

 見ての通り不気味で無愛想な娘でして……」


 父親が卑屈な笑みを浮かべて私を差し出す。

 アメリアも「成金男爵にはお似合いですわ」とでも言いたげな顔で小さく笑っていた。


 私は表面上、無表情な『人形令嬢』を演じながら、優雅に一礼してみせた。


「初めまして、ボールドウィン男爵様。

 エリーゼ・オルセンと申します」

「……フン」


 男爵は私を頭からつま先まで一通り見分けると、不意にニヤリと口元を吊り上げた。

 その視線が、一瞬だけ部屋の隅にある小さな小窓へと向けられる。

 小窓の隙間に、見覚えのある黒い毛並みと黄金色の瞳がチラリと見えた。


 ……ルカ、しっかり見守ってくれてるのね。


「伯爵。

 挨拶も済んだことだ、少し娘と二人だけで話をさせてもらいたい」

「えっ……二人だけで、ですか?」

「不満か?

 俺たちの将来についての込み入った話だ。

 余計な邪魔が入っては困る」


 男爵の圧に押され、父親たちは嫌々ながらも部屋を出て行った。

 アメリアが最後に捨て台詞のようにフンと鼻を鳴らして出て行き、バタンと重いドアが閉まる。


 静まり返った応接室。


 男爵は優雅に紅茶を一口すすると、ドカッと深く椅子に背をもたれかけた。


「さて……エリーゼ嬢」

「はい、ボールドウィン男爵様」


「まずは率直に言おう。

 俺はお前の父親のあの薄汚いツラと、根性の腐った態度に心底吐き気がしている」


(……ぶはっ!?)


 あまりにもストレートな一言に、危うく表情筋が決壊しそうになる。


「先日、君の従兄弟殿が俺の屋敷に乗り込んできてな。

 『エリーゼと商売の協力関係を結んでくれ』と必死に頭を下げてきたのさ。

 ……おい、入ってきていいぞ」


 男爵が窓を開けて声をかけると、飛び込んできた黒猫が、銀色の光とともに少年の姿へと変わった。

 ルカは耳まで真っ赤にしながら、申し訳なさそうに私を見つめている。


「ご、ごめんエリーゼ……!

 見守るだけのつもりだったんだけど……」

「ううん、うれしいわ。

 ありがとう、ルカ」


 男爵は組んだ脚の上で指をトントンと叩き、鋭い眼光で私を見据えた。


「で、どうなんだエリーゼ嬢。

 俺が欲しいのは伯爵家という『由緒ある家柄』との繋がりと、俺の事業をさらに飛躍させる『面白い物語の案』だ。

 お前が俺にそれを提供できるなら……形だけの『白い結婚』を受け入れ、お前をこのゴミみたいな伯爵家から買い取って救い出してやる。

 ――どうだ?」

「素晴らしいご提案ですわ、ボールドウィン男爵」


 私は不敵な笑みを浮かべ、男爵の目をまっすぐ見つめ返した。


「そのお話、喜んでお受けいたします。

 絶対にあなたに損はさせません」


 そうして、契約は即座に結ばれた。

 男爵は婚約どころか、婚姻の届出を含む諸々の書類を用意してきていた。

 書類に書かれていた結納金の金額の大きさに、父である伯爵は、その場ですぐに書類にサインした。

 こうして私の身柄は、即日、ボールドウィン男爵家へと引き渡されることになったのだ。


「ふん、さっさと出ていくがいい!

 ボールドウィン男爵も、こんな役立たずを引き取ってくれて感謝いたしますよ」


 父親はニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら私を追い払った。

 アメリアも「ふふっ、あなたにお似合いの成金男爵様と、どうぞお幸せに!」と勝ち誇った顔で見送ってくる。


(あはは、バカね。

 あなたたちが手放したのは、これから王国中のエンタメ界を揺るがす最高のビジネスパートナーだってことも知らずに)


 私は心の中で冷ややかに笑いながら、男爵が用意してくれた立派な馬車へと乗り込んだ。


 こうして私は、長年私を苦しめてきた劣悪な伯爵家から、合法的に、そして晴れやかに脱出したのだった。


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