7.頼ってほしい
「……えぇっ!?
ルカ、あなた一人でボールドウィン男爵のところへ行ったの!?」
夜の物置小屋。
姿を現したルカから告げられた衝撃の事実に、私は思わず大声を上げてしまった。
あわてて両手で口を塞ぎ、外の様子をうかがうが、幸い、夜の裏庭に人気は無さそうだ。
「うん。
……勝手なことしてごめんね、エリーゼ」
ルカは申し訳なさそうに身を縮こまらせたが、その琥珀色の瞳には、どこか凛とした強さが宿っていた。
「ボールドウィン男爵と話をしてきたんだ。
あの人は伯爵家という由緒ある家柄との関わりが必要なだけだから、それを上回る利益があるなら、僕たちに協力してもいいって言ってくれた。
だから……エリーゼの物語の案と僕の魔術での協力を提供する代わりに、形だけの『白い結婚』にしてもらうっていう約束を取り付けてきたよ」
「……形だけの結婚……」
ルカが男爵に提示した作戦を聞き、私は言葉を失った。
確かに、前世の記憶を持つ私には、この世界にはないヒット作のアイデアやエンタメの知識がたくさんある。
それを提供し、ルカが魔術で手助けをすれば、商人である男爵にとっては非常に魅力的な取引になるだろう。
私にとっても、形だけの結婚で劣悪な伯爵家から合法的かつ確実に脱出できるのは、願ってもない好条件だ。
だが――。
「……ダメだよ、ルカ。
そんなの、ルカの負担が大きすぎるわ」
私は首を横に振った。
「この屋敷に忍び込むために変身魔術を覚えるのだって大変だったでしょうに、これ以上私に巻き込まれて、男爵の事業まで手伝わされるなんて……。
ルカが私にそこまで義理立てする必要はないのよ。
シルヴァン子爵家にも迷惑がかかるかもしれないし……」
「義理なんかじゃないよ!!」
私の言葉を遮るように、ルカが叫んだ。
いつも気弱で大人しいルカが、見たこともないほど必死な表情で、私の肩を強く掴む。
「義理なんかで、命がけで魔術を覚えたりしない!
……僕は、エリーゼのためにやってるんだ!」
「ルカ……?」
「君はいつも一人で抱え込んで、冷遇されても諦めたような顔をして……前世の記憶を思い出してからも、『自分一人でなんとかしよう』って思ってるでしょう?
でもね、僕はそれがすごく悔しいんだ!」
ルカの大きな瞳から、ぽろぽろと涙が溢れ出した。
それでも視線を逸らさず、彼はまっすぐに私を見つめ続ける。
「僕だって男だ……!
一番大事な女の子が傷つけられてるのに、何もできずに見てるだけの惨めな自分なんて、もう嫌なんだよ!」
「っ……!!」
一番、大事な女の子――。
ドクン、と心臓が大きく跳ね上がった。
急激に体温が上がり、頬が熱くなっていくのが分かる。
(えっ……ええっ!?
だ、大事な女の子って……どういう意味!?
家族とか、昔からの幼馴染として大切ってこと……?
それとも……まさか、異性として……恋愛的な意味、なのかな……!?)
前世の社会人の意識でいつも冷静を装っていた脳内が、一瞬でパニックに陥る。
いやいや、自惚れるのは早い。
彼は私と同い年の可愛い従兄弟だ。
でも、私を見つめるその真っ直ぐで真剣な瞳は、ただの「弟分」のそれではないような気がして……。
「もっと頼ってよ、エリーゼ。
……僕に、君を守らせてほしい。
君のために、かっこいい男になりたいんだ!」
夜の物置小屋に、ルカの熱い叫びが響き渡る。
(……あぁ、そうか)
胸が、ギュッと締め付けられるように痛くて、温かい。
前世で社畜として一人で踏ん張ることに慣れすぎていて。
この世界でも「人形」として感情を殺して生きてきて。
「全部自分で解決しなきゃ」と思い込んでいた私の心を、ルカの真っ直ぐすぎる想いが一瞬で解かしていく。
彼が私をどう思っているにせよ――目の前にいるのは、もうあの頃の気弱な男の子じゃない。
自分の危険を顧みず、私を救うために必死で戦ってくれている、一人の頼もしい男性だ。
「……ごめんね、ルカ」
私はドギマギする気持ちを必死で押し込め、小さく息を吐いた。
涙で濡れたルカの頬にそっと手を伸ばし、指先で優しく拭う。
「私が間違ってたわ。
ルカはもう、あの頃の気弱な男の子じゃないんだね」
「エリーゼ……」
「ありがとう。私のために、そんなに必死になってくれて。
……わかったわ。
ルカの立ててくれた作戦、乗らせてもらうね」
私が微笑みながらそう告げると、ルカの顔にパッと明るい喜びが広がった。
「本当……!?
頼ってくれる……!?」
「ええ、全力で頼らせてもらうわ!
その代わり、ボールドウィン男爵をギャフンと言わせるくらいの素晴らしい物語の案、私がいくらでも出してみせるんだから!」
「うん!
僕も魔術を死ぬ気で磨いて、大魔術師になって男爵の鼻を明かしてみせるよ!」
ふたりで顔を見合わせ、思わずクスッと笑いあう。
ルカのことを意識してしまって少し照れくさいけれど、不安なんて、もうどこにもなかった。
「……じゃあ今度の顔合わせ、思いっきり惨めなボロ衣装を着て、男爵相手に『可哀想な人形令嬢』を演じて見せるわね」
「あはは、エリーゼのそういうところ、本当に強いよね」
小さな物置小屋の中で、私たちは固く手を握り合った。




