11.次なる一手
『シンデレラ』の初演から一週間。
舞台の人気は衰えるどころか加速する一方で、ボールドウィン商会の劇場は連日超満員、当日券を求めて早朝から長蛇の列ができるほどのフィーバーが続いていた。
「エリーゼ嬢、見ろ!
追加公演のチケットも即日完売だ!
劇中の演出を真似たドレスや小道具の注文まで押し寄せていて、商会の悲願だった新規事業が最高のスタートを切れたぞ!」
執務室で収支報告書を広げたヘンリー様が、興奮気味に声を弾ませる。
「ふふ、大盛況で何よりですわ、ヘンリー様。
……ですが、一つのヒットに甘んじていては、すぐに観客に飽きられてしまいます。
そろそろ『次なる一手』を仕掛けましょう」
「なに、もう次の構想があるのか!?」
私が頷くと、ヘンリー様は身を乗り出してきた。
「ええ。今回の成功で『物語に合わせた商品展開』の有効性が証明されました。
次は、新聞での連載小説と連動させた新たな展開や、劇場に来られない遠方の方々にも届くような演目案内の冊子の販売など、物語を届ける範囲を広げていく計画を提案したいと考えています」
「素晴らしい……!
物語を観せるだけでなく、そこから派生する文化そのものを売るわけだな!
頼もしすぎるぞ、エリーゼ!」
前世のエンタメ業界で培われたノウハウをこの世界に合わせて応用する作業は、想像以上に楽しく、充実していた。
誰かの言いなりになる「人形」ではなく、自分の頭で考え、成果を出していく喜び。
私はプロデューサーとしての確かな手応えを感じていた。
────────
その夜。
いつものようにバルコニーから滑り込んできた黒猫が、室内でパッと光を放ち、ルカの姿へと戻った。
「こんばんは、エリーゼ!
今日も劇場は大盛況だったみたいだね!」
「お帰りなさい、ルカ。
ええ、おかげさまで大忙しよ。
ルカの訓練はどう?
毎日遅くまで頑張っているみたいだけど……」
声をかけると、ルカはどこか引き締まった、誇らしげな表情で笑ってみせた。
「うん!
今日、団長さんからすごく重要な話があったんだ。
僕の繊細な魔力操作と成長速度を買われて……『巨大な魔獣への変身術』の極秘訓練に入る許可が出たんだよ!」
「巨大な魔獣……!?
ルカ、黒猫だけじゃなくて、そんな大きなものにまでなれるの?」
「今はまだ基礎訓練の段階だけどね。
団長さんが言うには、僕の魔力の質は『限界を決めるのがもったいないレベル』なんだって。
……エリーゼが商会でどんどん成果を出して輝いているのを見てると、僕も負けていられないなって思うんだ」
ルカは琥珀色の瞳をまっすぐに私へ向け、力強く言葉を続けた。
「小さく隠れるための黒猫から、誰にも負けないくらい強くて大きな存在になる。
……死ぬ気で訓練して、絶対にマスターしてみせるよ」
「ルカ……」
ほんの少し前まで、物置小屋の陰で不安そうに私を心配していた少年は、もうどこにもいない。
私を守るために、そして自分の足で立つために、どこまでも高く飛ぼうとしている一人の頼もしい男の姿がそこにあった。
(胸が熱い……。
ルカがこんなにまっすぐ私を見つめてくれるたび、心臓が変な音を立てる……)
以前彼が口にした「一番大事な女の子」という言葉が脳裏をよぎり、不意に頬が熱くなる。
ただの従兄弟としてではなく、一人の男性として彼を意識してしまう自分に戸惑いながらも、私は必死に笑顔を作った。
「ふふ、頼もしいわね。
ルカなら絶対にやり遂げられるわ。
私も負けないくらい、素敵な仕掛けをたくさん作って待っているからね」
「うん!
約束だよ、エリーゼ!」
月光が差し込む夜の部屋で、私たちは微笑み合った。
別々の場所で自分の才能を開花させながら、お互いを高め合っていく――私たちの絆は、日々より強固なものへと変わっていた。




