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燃えカスの守り人  作者: K3/KASANE
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第七話 向いてない

時間ができた時にも随時更新します!


ぜひお楽しみに!


それでは、本編をお楽しみください。


 ひとしきり話を聞き終えると、ジオンは、ふいに言った。


「履歴書、見せてもらっても?」


 直人は、鞄から一枚、取り出した。


 もう何十回とコピーしてきた、同じ履歴書だった。自分でも、見るのが嫌になっていた。


 資格の欄も、職歴の欄も、すかすかだった。


 書けることが少なすぎて、文字の大きさで、むりやり余白を埋めたような、履歴書だった。


 こんな紙きれ一枚で、自分という人間の、何がわかるのか。


 そう思いながら、それでも、その紙きれに、何度も値踏みされてきた。


 その一枚に、これまで何度、お祈りをされてきたか、数えきれない。


 ジオンは、それを受け取った。


 目は、伏せたまま。読む、というより、指先で紙の上をなぞるようにしている。


 文字を追っているふうではなかった。もっと別の、何かを確かめているようだった。


 ページの端を、指の腹で、すうっと、なぞる。


 まるで、紙に書かれた文字ではなく、その紙を握りしめてきた人間のほうを、読んでいるようだった。


 直人は、なぜか、見てはいけないものを見ているような気がして、思わず目をそらした。


 部屋の時計の、秒針の音だけが、やけに大きく聞こえた。


 しばらくして、彼は、ぽつりと言った。


「メーカー、向いてないですね」


 直人の中で、何かが、ぷつりと切れた。


「……は?」


 思わず、声がとがった。


「向いてないって。会ったばっかりで、何がわかるんですか」


「じゃあ、俺の四年間は、いったいなんだったんですか」


 設計を勉強した。眠い目をこすって、研究もした。四十社も落ちて、やっとの思いで掴んだ内定だった。


 それを、今日はじめて会ったばかりのこの男が、向いてない、のひとことで、人生まるごと否定した気がした。


「俺がどんな思いで、ここまで来たか。あんたに、何がわかるんですか」


 気づけば、声が、震えていた。


「人生の話じゃ、ないです」


 ジオンが、直人の言葉を、静かにさえぎった。


 そして、履歴書を、机の上にそっと置いた。


「設計が好きなんじゃ、ないでしょう。あなた」


 短く。けれど、まっすぐに、刺すように。


 直人は、言葉を失った。


「学生時代、ゼミで、後輩に教えてたでしょう。図面の読み方とか、計算のコツとか」


 なぜ、それを。


 誰にも話していないことだった。この男とは、今日はじめて会ったばかりなのに。


 ゼミで後輩に勉強を教えていたことなど、履歴書のどこにも、書いていない。


 誰かに、自慢げに話したことも、一度もなかった。


 自分にとっては、ただの、なんでもない日常の一場面だったからだ。


「自分で難しい問題を解けたときよりも、教えた相手が、あ、わかった、って顔をしたとき」


「そっちのほうが、ずっと嬉しかった。違いますか」


 違わなかった。


 ひとつも、違わなかった。


 言われて、はじめて思い出した。あの後輩が、ノートから顔を上げた瞬間の。わかった、と目を輝かせた、あの一瞬の、胸のあたたかさを。


 あれは、試験前の、誰もいない研究室だった。


 何度説明しても、その後輩は、どうしても一か所が、わからないと言った。


 直人は、面倒だとは、少しも思わなかった。


 言い方を変え、図を描き、たとえ話を持ち出し、何度でも、付き合った。


 そして、ようやく、その後輩の表情が、ぱっと、晴れた。


「わかった!」と、後輩が言った、あの声。


 あのとき胸に灯ったものは、どんな難しい計算が解けたときよりも、ずっと、あたたかかった。


 自分でさえ、忘れていた。いや、気づいてすら、いなかった。


 好きなのはずっと機械なのだと、思い込んでいた。


 そのとき、ジオンが、目を開けた。


 伏せられた瞼の奥から現れたのは、糸のような薄笑いではなかった。


 若く、まっすぐで、こちらを射抜いて外さない――そういう目だった。


 一瞬、四畳一間の空気が、ぴん、と締まった。


 直人は、その目から、逃げられなかった。


「あなたが、ほんとうに好きなのは、たぶん、機械じゃない」


「人が、わかる瞬間です」


 ジオンは、そう言った。


 まるで、当たり前の事実を確認するみたいに。


 四畳一間が、しん、と静まりかえった。


 直人は、何も、言い返せなかった。


 言い返したい言葉を、ひとつも、見つけられなかった。


 図星だったからだ。


 今日はじめて会ったこの男に、自分でも気づいていなかった胸の奥を、まっすぐに言い当てられた。


 どうして、わかったのか。


 怖さよりも先に、ただ、それが知りたかった。


 けれど、ジオンは、もう、目を伏せていた。


 その問いに、答える気は、ないらしかった。


 ただ、ひとつだけ、たしかなことがあった。


 さっきまで、自分の四年間を、まるごと否定された、と思っていた。


 なのに、いまは、なぜか、胸のいちばん固い場所が、ほどけかけている。


 向いてない、というそのひとことが、突き放す言葉ではなかったことに、直人は、ようやく、気づきはじめていた。


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


notoやってます。

マガジンお仕事物

https://note.com/happy_duck8972/m/m87f735c2539e


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