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燃えカスの守り人  作者: K3
地鎮

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第五話 神宝町


 その話を聞いたのは、ひさしぶりに会った、健太からだった。


 あれだけ連絡を避けていたのに、健太は、地元に帰省したその足で、直人の家まで訪ねてきた。


 顔を見るなり、何も言わず、ただ「飲みに行くぞ」と、それだけ言った。


 返事も待たずに、健太は、もう靴を脱ぎかけていた直人の腕を、半ば強引に引いた。


 断る理由も、断るだけの元気も、直人にはなかった。


 久しぶりに入った居酒屋で、健太は、自分の仕事の話を、わざと楽しそうに聞かせてくれた。


 残業がきついだとか、上司がどうだとか、その種のぐちさえ、今の直人には、まぶしかった。


 ぐちをこぼせる職場がある、ということが、どれだけ恵まれたことか。


 直人のほうは、自分の近況を、ほとんど何も話せなかった。


 無職で、毎日ただ家にいる――そんなことを、口に出せるはずがなかった。


 言葉に詰まってばかりの直人を見て、健太も、何かを察したらしい。


 話題を変えるように、彼は、ふと言った。


「なあ。ちょっと変なこと言うけど」


「東京に、変な相談屋がいるんだよ。占い師みたいな、胡散臭いやつでさ」


「でも、あいつに会って人生変わった、って先輩がいるんだ」


 直人は、気のない生返事を返した。


「就活で完全に詰んでた先輩が、さ。あいつのところに行ったら、いつのまにか立ち直っててさ」


「ま、興味があったら、の話だけど」


 直人は、すぐには、返事をしなかった。


 どうせ、という気持ちが、先に立った。


 黙っている直人を見て、健太は、ジョッキを置いた。


 そして、めずらしく、まっすぐにこちらを見た。


「なあ、直人」


 いつもの軽い口調が、その一瞬だけ、消えていた。


「俺さ、ほんとは、お前のことが心配で帰ってきたんだ」


 直人は、顔を上げられなかった。


「お前から連絡が来なくなってから、ずっと、嫌な予感がしてた」


「だから、これ、東京から、ずっと持ってきたんだよ」


 健太は、くしゃくしゃになったメモ用紙を、テーブルに滑らせた。


 そこには、町の名前と、駅からの道順が、健太の汚い字で、書きつけてあった。


「占いだろうが、なんだろうが、いい。どこでもいいから、いっぺん、外に出てみろよ」


 その不器用な字を見たとき、直人の喉の奥が、つまった。


 遠ざけても、遠ざけても、この男は、まだ、自分のことを、諦めていなかった。


 占い、と聞いて、まず、うさんくささのほうが先に立った。


 藁にもすがる思い、という言葉が、ふと頭をよぎる。


 けれど、今の自分には、その藁さえ、もう見えなくなっていた。


 何かにすがろうという気力すら、残っていなかった。


 神宝町。


 健太が教えてくれたのは、その町の名前と、おおまかな場所だけだった。


 それから数日、直人は迷った。


 行ったところで、どうせ何も変わりはしない。占いで人生が変わるなら、誰も苦労はしない。


 そう思う一方で。


 家にこもっていても、結局、同じことだった。


 天井を眺めて、求人サイトを閉じて、また天井を眺める。


 どうせ何も変わらないのなら、いっそ騙されたって、同じだ。


 半分やけくそのような気持ちで、直人は、電車に乗った。


 乗り換えを何度か繰り返して着いたのは、これまで一度も降りたことのない駅だった。


 改札を出ると、古い商店街が、長く続いていた。


 シャッターの下りた店が、いくつも、いくつも並んでいる。


 昼間だというのに、人通りは、まばらだった。


 もらった地図を片手に、その商店街の、さらに裏手へと回り込む。


 日の当たらない、細い路地の奥に、煤けた雑居ビルが一棟、立っていた。


 古い、四階建てのビルだった。


 目当ての部屋は、その一室にあるらしい。


 エレベーターはなく、直人は、薄暗い階段を、一段ずつのぼっていった。


 目当てのドアの横には、小さな札が一枚、出ているだけだった。


『キャリアコンサルタント 佐藤』


 立派な看板の類は、何もない。


 ほんとうに、ここで合っているのだろうか。胡散臭いにも、ほどがある。


 直人は、しばらくのあいだ、そのドアの前で立ちつくしていた。


 いっそ帰ろうか、とも思った。


 けれど、帰ったところで、あの動かない天井が、待っているだけだ。


 直人が、ノックをしようと、手を上げかけた、そのときだった。


「――山田直人さん?」


 ドアの向こうから、低い声が、そう言った。


 直人は、凍りついた。


 まだ、名乗っていない。


 ノックすら、していないのに。


「どうぞ。開いてますよ」


 声は、落ち着いたまま、そう続けた。


 直人は、半ば吸い寄せられるように、ドアを開けた。


 そして、少しのあいだ、戸惑った。


 四畳一間ほどの、狭い部屋だった。


 机がひとつ。あとは、本棚と、来客用らしい椅子がいくつか。物が、ほとんどない。


 うっすらと、煙草の匂いが漂っていた。


 どこからどう見ても、流行っている事務所には、見えなかった。


 なのに。


 その貧しい部屋に座っている男だけが、ひどく、ちぐはぐだった。


 きちんとしたスーツに、ピシッと締めたネクタイ。髪も、髭の剃り跡も、きれいに整っている。


 まるで、この安アパートのような一室に、その身なりだけが、場違いなほど律されていた。


 まだ若い男だった。直人と、数えるほどしか歳の変わらないだろう男。


 痩せてはいるが、頬には、まだちゃんと血色がある。


 目は、伏せられていた。眠っているわけでは、ない。


 伏せたまま、こちらの姿を、正確に測っている――そういう気配が、たしかにあった。


 近づきがたい。それでいて、なぜか目を離せない。奇妙な男だった。


「どうぞ、座ってください」


 声は、低くて、落ち着いていた。


 直人が椅子に腰を下ろすと、男は、おもむろに言った。


「佐藤です。客に聞き違えられて、ジオン、で通ってますけど」


 短く、そう名乗ってから、付け足すように、彼は言った。


「ま、占いみたいなもんです」


 相談屋・ジオン、登場です。アロハではなく、四畳一間に不釣り合いなほどきっちりスーツを締めた、まだ若い彼を書きましたよ。なぜこんな仕事をしているのかは、この先で少しずつ。気になった方は、ブックマークを。この男を主役にした話も、別にあるというか、もともと書いてたものですが゛・・再構成中です。

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