表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
燃えカスの守り人  作者: K3
理不尽な会社

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/87

第97話 火の番(2)

月曜・木曜の定期更新に加え、時間ができた時にも随時更新します!


ぜひお楽しみに!


それでは、本編をお楽しみください。


第三章 調べる


 男は——慈恩と名乗った——三日、音沙汰がなかった。


 その間、俺は工場でいつもどおり働いた。


 いや、いつもよりよく働いた。


 誰かに見られている気がして、手が止められない。


 機械が六台、静かに鉄板を切っていく。


 レーザーの光が線を引く。


 俺のやることは、その後の仕上げだけだ。


 バリを取って、角を丸めて、磨く。


 昔はこうじゃなかった。


 潰れかけていた頃、機械は一台きりだった。


 古い手回しのやつだ。


 あれを先代と俺と、もう一人で夜通し回した。


 納期に追われて、止めたら終わりだった。


 止めたら会社が死ぬ。


 そう思って回し続けた。


 指の皮が剥けても回した。


 あの頃の俺は、確かに柱だった。


 今は。


  ◆◇


 四日目に、慈恩から電話があった。


 また、あの車のところに呼ばれた。


「調べました」


 慈恩は煙草に火をつけながら言った。


「三年前、藤代製作所は潰れかけてましたね」


「ああ」


「先代が倒れて、借金が残って、銀行が引きかけた。注文も減ってた。あのまま行けば半年で畳んでた」


 俺は黙ってうなずく。


 あの頃のことは思い出したくない。


「それを、隆さんが継いだ」


 慈恩は続けた。


「あの人、手仕事の才能は無いんですよ。職人にはなれない。本人も分かってた」


「だろうな」


 俺は鼻で笑った。


「ありゃ現場の人間じゃねえ」


「でも、別の才能があった」


 慈恩はまっすぐ俺を見る。


 糸目のままだったが、奥で何かが光った気がした。


「仕組みを作る才能です。段取り、自動化、数字。あの人はそれで会社を立て直した。機械を入れてプログラムを組んで、注文を全国から取ってきた」


「全国から?」


「ええ。あの人が工場に来ないのは、サボってるんじゃない。朝から晩まで、家でも新幹線でも、受注も設計も機械の制御も、一人でやってる。あなたが寝てる時間も働いてます」


 俺は言葉が出ない。


 来ない社長は、俺の知らないところで夜通し働いていた。


 画面の向こうで。


 俺の見えないところで。


  ◆◇


「それと」


 慈恩は灰を落とした。


「あなたの残業ですけどね」


「ああ」


「会社の数字には、一円も足してない」


 俺は慈恩を睨んだ。


「どういう意味だ」


「機械が六台、定時で全部切り終える。仕上げもあなたが定時でやれば間に合う。あなたが夜に残ってやってる分は、次の朝でも間に合う仕事です。休日に出てるのも急ぎじゃない。——会社はあなたの残業で儲かってない。回ってるのは、機械と社長のおかげです」


 頭に血がのぼった。


「ふざけるな。俺は三十年——」


「分かってます」


 慈恩は静かに言った。


「三十年。誰よりも働いた。それは本当だ。ぼくは嘘は言いません」


 その言い方に、俺は口をつぐんだ。


 慈恩は煙を吐く。


 それから、こう言った。


「明日、社長を連れてきます。工場に」


「社長を? あの来ない男を、あんたが?」


「ええ」


 慈恩はすこし笑った。


「ぼくは動かしませんよ。社長が、自分で来ます」


第四章 社長同伴


 翌日、社長が工場に来た。


 三年ぶりに見る隆さんは痩せていた。


 目の下に濃いクマがある。


 線の細い男だと思っていたが、近くで見ると、その細さは削られた細さだ。


 何かをずっと削り続けている人間の顔だった。


 その隣に慈恩がいた。


 よれたシャツに痩せた体。


 二人ともやつれて、似た者同士に見える。


「重松さん」


 隆さんが頭を下げた。


「ご無沙汰、してます」


 俺は何と言っていいか分からない。


 文句ならいくらでもあった。


 なのに本人を前にすると、言葉が出てこない。


 隆さんもそれきり黙った。


 データの話ならいくらでもできる男なんだろう。


 だが、人と向き合う言葉を持っていない。


 気まずい沈黙の中、慈恩だけが、すたすたと倉庫のほうへ歩いていく。


  ◆◇


 慈恩は、倉庫の隅の、布をかけた看板の前で足を止めた。


「これ、外したの、いつです」


「……新しいのに替えたとき」


 隆さんが答えた。


「三年前です」


「捨てるに捨てられなくて」


 俺は言った。


「俺がそこに置いた」


 慈恩は布をめくった。


 古い看板が出てきた。


 先代が彫った、


「藤代製作所」


 の字。


 墨が薄くなって、木がささくれている。


 慈恩はその前にしゃがんだ。


 そして、目を開けた。


 それまで糸だった目がひらく。


 中の目は黒くて、底がなかった。


 看板をまっすぐ見ている。


 見ながら、顔がすこしずつこわばっていく。


 胡散臭い、食えない男の顔が、急に青ざめた。


「百年分の“潰れる”が、こもってますね」


 慈恩は低い声で言った。


「この三年で。たった三年で、百年分だ」


  ◆◇


「こいつは、知ってるんですよ」


 慈恩は看板から目を離さない。


「誰が、この会社を生かしてるか」


 俺はつばを飲んだ。


「俺だ」


 声が震えた。


 慈恩は首を振らない。


 否定もしない。


 ただ俺のほうを見た。


 底のない、黒い目で。


「社長が辞めたら、この会社は潰れますよ」


 慈恩は言った。


「——あなたが辞めても、たぶん、回ります」


 頭を殴られたようだった。


 潰れかけた頃、俺は柱だった。


 止めたら終わる機械を、夜通し回した。


 会社は俺の手の中にあった。


 その物語が、いま、会社の名前そのものに否定された。


 俺は、柱じゃない。


 看板がそう言っている。


「……じゃあ、俺の三十年は」


 俺は絞り出した。


「何だったんだ」


 声が低かった。


 怒鳴りもしない。


 泣きもしない。


 ただ、足元が抜けたようだった。


 慈恩は答えない。


 隆さんも、何も言えずに立っている。


 倉庫の中で、看板だけが、静かにこちらを見ていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


月曜・木曜の定期更新に加え、時間ができた時にも随時更新します!

ぜひお楽しみに!


★感想・評価をいただけると、執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ