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燃えカスの守り人  作者: K3
365日のスポットライト

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第91話 365日のスポットライト(8)

月曜・木曜の定期更新に加え、時間ができた時にも随時更新します!


ぜひお楽しみに!


それでは、本編をお楽しみください。


ぜんぶ、同じ、やり方だった。


 マニュアルでも、あるみたいに。


 そして、いちばん、こたえたこと。


 わたしのような、自分で決められない子が、いちばんの、上客だった。


 狙われていた。


 頷くだけの客。


 値段を見ずに、買う客。


 「やめた方がいいですか」と、すがってくる客。


 そういう客が、いちばん、お金になる。


 決められない人ほど、決めてもらうことに、お金を払う。


 決めてもらえる、と思える場所に、いくらでも、お金を、落とす。


 わたしは、ちょうどいい、カモだった。


 通いはじめた頃の、自分を、思い出した。


 あの頃、わたしは、占いが上手だ、と思っていた。


 占ってもらうのが上手、という意味で。


 素直だと褒められて、嬉しかった。


 素直、というのは、言われた通りに買う、という意味だった。


 わかっていて、買っていた。


 カモであることを、半分、わかっていて、それでも、座っていた。


 ショックよりも、奇妙な、納得が、来た。


 ああ、そうか。


 そういうことだったのか。


 腑に落ちる感覚のほうが、傷つく感覚より、先に、来た。


 そして、もうひとつ、気づいた。


 綾子さんは、悪意で、連れて行ったわけじゃ、ない。


 たぶん、本当に、気分転換のつもりだった。


 あの日、目も笑っていた綾子さん。


 あれは、嘘では、なかったと思う。


 でも、綾子さんも、誰かに、連れて行かれた側だった。


 綾子さんも、最初は、カモだった。


 だから、知らないうちに、次のカモを、連れてきた。


 よかれと思って。


 親切のつもりで。


 搾取は、連鎖していた。


 被害者が、知らないまま、次の被害者を、作っていた。


 わたしも、もし気づかなければ、いつか、誰かを、あの四階に、連れて行ったかもしれない。


 気分転換に、いいとこ連れてってあげる、と言って。


 後輩に。


 新しく入った子に。


 笑って。


 ぞっとした。


 調べれば調べるほど、ぜんぶが、よくできた、仕組みだった。


 誰か、ひとりの、悪人がいるわけではない。


 みんなが、少しずつ、連れてきて、少しずつ、出させて、少しずつ、次に回す。


 誰も、自分を、悪人だとは、思っていない。


 でも、いちばん、こたえたのは。


 その仕組みに、わたしが、半年も、気づかなかったこと。


 気づこうと、しなかったこと。


 ほんとうは、どこかで、おかしいと、思っていた。


 二万八千円が、四本。


 覚えのない、五本目。


 お客は、十三人のまま。


 何も、変わっていない。


 気づく材料は、ぜんぶ、手首に、巻かれていた。


 それでも、見なかった。


 誰かに、決めてもらう方が、楽だったから。


 考えないでいるのは、得意だった。


 ふたを、閉めておくのは、得意だった。


 わたしは、半年かけて、自分で自分を、上客に、育てていた。


 そして、ぞっとした。


 もし気づかなければ、いつか。


 わたしも、誰かを、あの四階に、連れて行っていたかもしれない。


 笑いながら。


 気分転換にいいとこ連れてってあげる、と言って。


 綾子さんが、わたしにしたように。


シーンC「逃げた占い師」


 その週の、最後の日だった。


 わたしは、また、慈恩の机の前にいた。


 カードのことを、もう少し、聞きたかった。


 聞きたいことが、いくつもあった。


 調べたこと。


 気づいたこと。


 半年分の、自分のこと。


 誰かに、話したかったのかもしれない。


 話す相手は、なぜか、あの人しか、思いつかなかった。


 話していると、少し離れたブースに、見覚えのある姿が、見えた。


 先生だった。


 あの、五十くらいの女の人。


 大きな石の指輪を、いくつもはめた手。


 同じイベントに、出店していたのだ。


 紫色の布を広げ、いつものように、客の前で、にこやかに、何かを並べている。


 心臓が、跳ねた。


 調べたことが、ぜんぶ、頭の中で、いっぺんに鳴った。


 仕入れ値の何倍もの石。


 決まり文句。


 マニュアル。


 上客。


 カモ。


 その言葉の真ん中に、あの笑顔が、座っていた。


 先生は、わたしに、気づいた。


 すぐに、いつもの笑顔になって、近づいてきた。


 指輪が、照明に、ちらちらと光った。


「あら、ルナちゃん。久しぶりねぇ」


 わたしは、立ち上がれなかった。


「ちょうどよかったわ、新作の石が入ったのよ。今日は、すごく、いい日と出てるの。あなたの守護に、ぴったりの——」


 いつもの、言葉だった。


 半年、聞き続けた、あの調子。


 やわらかくて、あたたかくて、こちらの逃げ道を、ひとつずつ、塞いでいく声。


 わたしは、何も、言えなかった。


 仕組みを、知ってしまった今でも、その声を聞くと、体が、頷きそうになった。


 頭では、わかっている。


 これは、決まり文句だ。


 わたしを、また、座らせるための。


 それでも、体が、半年の癖で、頷こうとする。


 「はい」と、言いそうになる。


 財布に、手が、伸びそうになる。


 知ることと、抜け出すことは、別なのだと、思い知った。


 わたしは、まだ、カモのままだった。


 知っていても、抗えない。


 それが、いちばん、こわかった。


 そのとき。


 先生の視線が、わたしの隣で、止まった。


 あの人。


 まっすぐ、開いた、目。


 いつも、ぼんやりと座っている慈恩が、そのときだけ、先生を、見ていた。


 糸のように細める、よくいる占い師の目ではない。


 まっすぐ、開いた目で、先生を、見ていた。


 何も言わず。


 ただ、見ていた。


 先生は、その目を、見た。


 見た瞬間に、言葉が、止まった。


「……」


 「いい日と出てるの」の続きが、出てこなかった。


 新作の石も、守護も、出てこなかった。


 あれだけ、すらすらと出てきた言葉が、ぴたりと、止まった。


 先生の顔から、笑顔が、消えた。


 何かを、見透かされた人の顔だった。


 あるいは、同じ商売の、裏側を、知っている人間に、出くわした顔だった。


 客には向けない種類の、緊張が、その顔に、走った。


「……また、今度ね」


 先生は、それだけ言って、逃げるように、去っていった。


 指輪の光が、人混みの向こうに、消えていった。


 わたしを、勧誘する言葉は、最後まで、出てこなかった。


 わたしは、その背中を、見送った。


 不思議だった。


 あれだけ、わたしを座らせるのが、上手だった人が。


 あれだけ、言葉が、あふれていた人が。


 ひとつの視線を浴びただけで、ひとことも、言えなくなった。


 ああいう人は、慈恩のような目を、嘘の通じない目を、何より、恐れるのだ。


 そう、思った。


 自分が嘘をついていることを、いちばん、知っているのは、自分だから。


 それを、見抜く目の前では、立っていられない。


「あの人、なんで、逃げたんですか」


 わたしは、慈恩に、聞いた。


「さあ。僕は、何も、言っていません」


「……目で、言ってましたよ」


 慈恩は、少しだけ、笑った。


 今度は、ちゃんと、笑いに近かった。


「目つきが悪い、と。昔から、よく言われます」


 冗談を言う人なのだ、と、初めて知った。


 わたしは、その横顔を、見た。


 誰も座らない机で、千円の紙を貼って、ぼんやり座っている人。


 前の仕事を、逃げ出した人。


 何が人の役に立つのか、まだわからない、と言った人。


 その人が、いま、わたしの隣に、座っている。


 何もしないで。


 何も売らないで。


 ただ、いてくれる。


 それだけで、半年わたしを縛っていた声が、目の前で、止まった。


 その夜。


 わたしは、初めて、自分の意志で、占いに行くのを、やめた。


 いつもなら、行く日だった。


 手帳に、書いてあった。


 先生が、来なさいと言った日。


 けれど、行かなかった。


 雑居ビルの前を、通らずに、まっすぐ、家に帰った。


 たった、一日。


 誰かに「やめなさい」と言われたわけでは、なかった。


 あの人も、やめろ、とは、言わなかった。


 わたしが、決めた。


 行かない、と。


 たった一日、占いに行かない。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


月曜・木曜の定期更新に加え、時間ができた時にも随時更新します!

ぜひお楽しみに!


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