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燃えカスの守り人  作者: K3
365日のスポットライト

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第87話 365日のスポットライト(4)

月曜・木曜の定期更新に加え、時間ができた時にも随時更新します!


ぜひお楽しみに!


それでは、本編をお楽しみください。


ただ、聞いていた。


 目を、開けたまま。


 ときどき、小さく頷く。


 それだけだった。


 話しながら、だんだん、不安になった。


 なぜ、何も言ってくれないんだろう。


 今までの先生なら、もう三つは石を出している。


 もう、次の予約を取っている。


 「それは大変ね」「でも大丈夫、これがあれば」と、言葉が、次々に降ってきていた。


 あの人は、何もしない。


 ただ、聞いている。


 それが、こんなに、心細いとは思わなかった。


 沈黙が、こわい。


 誰かが、何かを言ってくれないと、わたしは、自分がどこにいるのか、わからなくなる。


 たまらず、わたしは、聞いた。


「……あの。わたし、やめた方が、いいですか」


 ついに、出た。


 いつもの質問。


 何度も、何人もの先生に、聞いてきた質問。


 やめろ、と。


 誰か、やめろ、と言ってください。


 そうしたら、やめられるから。


 やめることすら、自分では決められないから。


 誰かに、背中を押してほしかった。


 前でも、後ろでも、どっちでもいい。


 とにかく、決めてほしかった。


 慈恩は、少し、黙った。


 それから、タロットを、一枚だけ、めくった。


 一枚だけ。


 さっきまで、伏せたまま机に置かれていた束から、いちばん上の一枚を、指で、そっとめくった。


 絵柄が、現れる。


 剣を持った、人の絵。


 意味は、わからない。


「これは、僕には、答えられません」


 わたしは、混乱した。


「占いって……教えて、くれるものじゃ、ないんですか」


「教えるのは、占いじゃ、ないと思います」


 慈恩は、そう言って、少し黙った。


 それから、めくった一枚を、指で、軽く叩いた。


 とん、と乾いた音がした。


「未来は、ここには、書いてありません。カードに、未来を当てる力なんて、ないんです。もし、あったら、僕は、こんな隅で、千円なんて、やっていません」


 自分で言って、慈恩は、少しだけ、口の端を動かした。


 笑った、というには、足りない動きだった。


 けれど、嘘の匂いは、やはり、しなかった。


 むしろ、こんなことを正直に言う占い師を、わたしは、初めて見た。


「ただ、人は、自分のことを、自分がいちばん、見ないんです。見るのが、怖いから。だから、カードに、肩代わりさせる。これを見てください、と、外に、置くんです」


 慈恩は、一枚のカードを、わたしと自分の、ちょうど真ん中に、置き直した。


 机の、まんなか。


 わたしのものでも、慈恩のものでもない場所。


「そうすると、やっと、自分のことを、話しはじめる。カードに話しているつもりで、ほんとうは、自分に話している。僕は、それを、横で、聞いているだけです」


 わたしは、さっき自分が、ぽつぽつと話したことを、思い出した。


 アイドルのこと。


 占いのこと。


 お金のこと。


 あれは、あの人に話していたつもりだった。


 でも、ほんとうは、机のまんなかの、この一枚に、話していたのかもしれない。


 聞いてくれる誰かがいると思って、ほんとうは、自分の声を、自分で聞いていた。


「……それ、占いなんですか」


「わかりません」


 慈恩は、あっさり、そう言った。


 迷うでも、ごまかすでもなく、わからないことを、わからない、と言った。


 それだけのことが、ひどく、めずらしいことに思えた。


「占いだ、と言う人も、います。違う、と言う人も、います。僕は、まだ、決めていません」


 決めていません。


 その言葉が、胸に、ひっかかった。


 この人も、決めていないのだ。


 自分のやっていることが、何なのか。


 占いなのか、そうでないのか。


 それを、決めないまま、千円で、ここに座っている。


 わたしと、同じ顔だった。


 何かを、言いかけて、自分でも、うまく言えない。


 そういう顔を、慈恩は、していた。


 決められない人の顔を、わたしは、知っている。


 毎朝、鏡で見ている。


 その顔が、机の向こうに、座っていた。


 不思議だった。


 占ってもらいに来たはずなのに、いつのまにか、わたしは、あの人のことを、見ていた。


シーンC「迷走中の、二人」


「正直に言うと」


 慈恩が、また口を開いた。


「何を売ればいいのか、何を、言えばいいのか。僕には、まだ、わからないんです。だから、千円なんです」


 わたしは、その言葉を、何度か、頭の中で、繰り返した。


 わからない、と占い師が言う。


 そんなこと、あるんだ、と思った。


 今までの先生は、みんな、何でも知っていた。


 何でも、当てた。


 少なくとも、当てているふりが、上手だった。


 迷う姿を、一度も、見せなかった。


 それが、占い師というものだと思っていた。


「ほかの先生は、もっと、はっきり、言ってくれます」


 わたしは、つい、そう言っていた。


「これを買えば変わる、とか。今日は動くな、とか。はっきり、決めてくれます」


「そうでしょうね」


 慈恩は、否定しなかった。


「はっきり言ってもらえると、楽です。決めてもらえると、楽です。それは、よく、わかります」


 わかります、と言いながら、慈恩は、それを勧めなかった。


 楽なほうへ行きなさい、とも、行くな、とも、言わなかった。


 ただ、楽だ、ということだけを、認めた。


 慈恩は、めくった一枚を、わたしの方へ、向けた。


「これだけは、言えます」


 絵柄が、こちらを向く。


 意味は、わからない。


「このカードは、あなたが、選んだカードです。僕が、選んだんじゃ、ありません」


 わたしは、その一枚を、見た。


 さっき、慈恩にうながされて、束の中から、自分で引いた一枚。


 何も考えず、ただ、指が触れた一枚。


 それを、自分で、引いた。


 意味は、わからなかった。


 でも、誰かに「これを買え」と言われなかったのは、いつ以来だろう。


 何かを、自分でめくったのは、いつ以来だろう。


 思い出せなかった。


 いつも、誰かが、めくってくれていた。


 いつも、誰かが、並べてくれていた。


 わたしは、並べられたものに、頷くだけだった。


 自分の指で、何かを選んだ記憶が、ずいぶん、遠かった。


「持って帰っても、いいんですか」


「カードは、だめです。商売道具なので」


 慈恩は、初めて、はっきりと、少しだけ笑った。


「でも、引いた、ということは、持って帰れます。あなたが、自分で、引いた。それは、誰にも、取れません」


 わたしは、千円を、払った。


 慈恩は、釣りも出さなかった。


 きっちり、千円だったから。


 石も、お札も、出さなかった。


 次の予約も、取らなかった。


 「また来てください」とも、言わなかった。


 引き止める言葉が、ひとつも、なかった。


「お疲れさまでした」


 それだけ、言った。


 わたしは、立ち上がった。


 パイプ椅子が、軽い音を立てた。


 最後に、もう一度、あの人を見た。


 慈恩は、また、誰もいない机の前で、ぼんやりと、座りはじめていた。


 次の客を、呼び込むでもなく。


 さっきと、同じ姿で。


 迷っている人が、迷っている人を、座らせて。


 迷ったまま、見送った。


 なんだか、おかしかった。


 占いに来たのに、何も占ってもらえなかった。


 何も買わされなかった。


 何も、決めてもらえなかった。


 なのに、来たときよりも、ほんの少しだけ、頭の中が、静かになっていた。


 わたしは、会場を出た。


 冬の空気が、頬に触れた。


 夜の風は、冷たくて、けれど、どこか澄んでいた。


 手首のブレスレットが、急に、重く感じた。


 四本の石。


 守護も、金運も、良縁も、いつもは何も感じないのに、その夜だけ、やけに、重かった。


 帰り道、いつもの雑居ビルの前を、通った。


 四階の窓に、灯りがついていた。


 先生が、戻ってきたのだろう。


 満月の夜にどうぞ、という言葉を、ふと思い出した。


 次は、その満月の石を、勧められるはずだった。


 三万円の。


 その言葉を、初めて、少しだけ、疑った。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


月曜・木曜の定期更新に加え、時間ができた時にも随時更新します!

ぜひお楽しみに!


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