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燃えカスの守り人  作者: K3
岸田澪の、消えかた⦅単話完結なので、どこから読んでも大丈夫に作ってます。好きなところから読んでね( *´艸`)⦆

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第86話 365日のスポットライト(3)

月曜・木曜の定期更新に加え、時間ができた時にも随時更新します!


ぜひお楽しみに!


それでは、本編をお楽しみください。


その目に見られると、こちらの中身を、ぜんぶ読まれている気がして、視線を、外せなかった。


 手首のブレスレットも、財布のなかみも、夜に作ったお金のことも、ぜんぶ、見えているような気がした。


 怖い、と思った。


 でも、嘘の匂いが、しなかった。


 ここに並んだ、どの先生からも、いつも何かの匂いがした。


 石の匂い。


 お香の匂い。


 「これを買えば」の匂い。


 その人からは、それが、しなかった。


 何も売りつけてこない人の前に立つのは、ずいぶん、久しぶりな気がした。


 その人は、わたしを見たまま、すぐには何も言わなかった。


 急かさない。


 呼び込まない。


 値踏みもしない。


 ただ、わたしが何か言うのを、待っている。


 その沈黙が、なぜか、嫌ではなかった。


「何か、ありましたか」


 その人が言った。


 低い声だった。


 急いでいない。


 わたしの返事を、待っている。


 わたしは、口を開けた。


 いつもの台詞を、言うつもりだった。


 やめた方がいいですか、と。


 今日がいい日か、悪い日か、教えてください、と。


 次に何を買えばいいですか、と。


 その台詞を言えば、あとは、向こうが、ぜんぶやってくれる。


 視て、教えて、決めてくれる。


 わたしは、頷いていればいい。


 それが、いつもの、わたしの占いだった。


 でも、出てこなかった。


 その目の前では、いつもの台詞が、どうしてか、出てこなかった。


 喉のところで、つかえた。


 この人に「今日はいい日ですか」と聞くのは、なんだか、ひどく的外れなことのような気がした。


 その人は、まだ、待っている。


 まわりの机からは、相変わらず、運気が、守護が、転機が、と聞こえてくる。


 その声の渦のなかで、この一角だけが、しんとしていた。


 わたしは、息を吸った。


 千円。


 たった千円。


 それなら、間違えても、痛くない。


 失っても、二万八千円みたいには、痛くない。


 たぶん、わたしは、その安さに、背中を押されたのだと思う。


 椅子を、引いた。


 冷たい、パイプ椅子の感触が、手に伝わった。


 わたしは、座ろうとして、一度、その人の目を見た。


 その人も、わたしを見ていた。


 何も言わずに。


 この人なら、いいかもしれない。


 何が「いい」のか、自分でもわからないまま、わたしは、その椅子に、腰を下ろした。


第2章「接触」


シーンA「めくらない男」


 わたしは、椅子に座った。


「占い、お願いします」


 慣れた台詞だった。


 これを言えば、あとは向こうが、ぜんぶやってくれる。


 視て、教えて、決めてくれる。


 わたしは、頷いていればいい。


 今夜が何をする夜かを、この人が決めてくれる。


 慈恩は、タロットの束を、手に取った。


 わたしは、ほっとした。


 やっと、いつものが始まる。


 カードが並んで、言葉が降ってきて、わたしは頷く。


 その手順のなかにいれば、安心できた。


 けれど、めくらなかった。


 手に取ったまま、慈恩は、それを机に伏せた。


 とん、と軽い音がした。


「何を、占いますか」


 わたしは、戸惑った。


 今までの先生は、こんなこと、聞かなかった。


 座れば、勝手に視はじめてくれた。


 運気が、守護が、転機が、と、向こうから言葉が降ってきた。


 わたしは、何も言わなくてよかった。


 質問されたことなんて、一度もなかった。


「……仕事の、ことです」


 やっと、それだけ言った。


「仕事の、何をですか」


 また、聞かれた。


 わたしは、答えられなかった。


 仕事の、何を占いたいのか。


 考えたことが、なかった。


 占い師が、勝手に、占いたいことを教えてくれていたから。


 わたしは、差し出されたものに頷くだけで、自分から、何かを差し出したことが、なかった。


 手が、止まった。


 膝の上で、組んだ手が、動かなくなった。


 慈恩は、急かさなかった。


 さっきからずっと、そうだった。


 声を張らず、身を乗り出さず、ただ、わたしが言葉を見つけるのを、待っている。


 その沈黙が、だんだん、重くなってくる。


「方向性が……ずれてる気が、して」


 いつかの先生の言葉を、借りて言ってみた。


 これを言えば、頷いてくれるはずだった。


 今までの先生は、みんな頷いた。


 「そう、ずれてるのよ」と。


 「だから、これを」と。


 そうやって、話が、進んでいくはずだった。


 慈恩は、頷かなかった。


「方向性の、何がですか」


 借りた言葉が、通じなかった。


 わたしは、言葉に詰まった。


 方向性の、何が、ずれているのか。


 わからない。


 その言葉は、わたしのものではなかった。


 先生に言われて、なるほどと思って、そのまま使っていただけだ。


 中身を、考えたことがなかった。


 その目の前で、わたしは、裸にされたような気がした。


 借り物の言葉が、ぜんぶ、剥がされていく。


 一枚、また一枚と。


 残ったのは、自分の言葉を、ひとつも持っていない、わたしだった。


 恥ずかしかった。


 でも、慈恩の目には、軽蔑の色は、なかった。


 馬鹿にするでも、呆れるでもなく、ただ、見ている。


 剥がれていくわたしを、責めずに、見ている。


 それが、かえって、つらかった。


 責められたほうが、まだ、楽だったかもしれない。


「……すみません」


 なぜか、謝っていた。


「謝ることは、何もないですよ」


 慈恩は、静かに言った。


 低い声だった。


「ただ、ぼくは、占い師なので。あなたが占ってほしいことが、わからないと、占えないんです」


 あたりまえのことを、言われた気がした。


 あたりまえなのに、誰も、言わなかったこと。


 今までの先生は、わたしが何を占ってほしいかなんて、一度も聞かずに、占ってくれていた。


 それは、占いだったのだろうか。


 慈恩が、タロットを、机に置いた。


 めくらないまま。


 カードの裏側の、模様が見えた。


 きれいな、藍色だった。


「あなたは、何を、占ってほしいんですか」


 もう一度、同じことを、聞かれた。


 でも、さっきとは、少しだけ、違って聞こえた。


 責めているのではない。


 試しているのでもない。


 ほんとうに、知りたがっている。


 わたしが、何を望んでいるのか。


 わたし自身さえ、考えたことのなかったことを。


 わたしの手首で、ブレスレットが、鳴った。


 四本の石が、かちりと触れあう音。


 守護の石。


 金運の石。


 良縁の石。


 あとひとつは、なんの石だったか、思い出せない石。


 今まで買ってきたものが、その音になった。


 やけに、大きく聞こえた。


 その音を聞きながら、わたしは、思った。


 わたしは、これだけのものを、手首に巻いて、ここまで来た。


 なのに、いざ「何を占ってほしいか」と聞かれて、ひとつも、言葉が出てこない。


 石は、四本もあるのに。


 願いごとは、ひとつも、ないのだ。


 いや、ちがう。


 ないのではなく、わからない。


 自分が何を願っているのか、わからない。


 ずっと、誰かに決めてもらってきたから。


 願うことを、忘れてしまった。


 慈恩は、待っている。


 わたしは、膝の上の手を、ほどいた。


 そして、ゆっくりと、口を開いた。


 借り物ではない言葉を、生まれて初めて、探そうとしながら。


 手が、動いた。


 膝の上で組んでいた手が、ほどけて、机の上に、置かれた。


 自分の手なのに、まるで、はじめて見るみたいだった。


シーンB「千円ぶんの沈黙」


 わたしは、ぽつぽつと、話した。


 アイドルをやっていること。


 三十人のハコで、十三人の前で歌っていること。


 最近、毎週、占いに通っていること。


 今日がいい日か、悪い日か、教えてもらっていること。


 次に何を買えばいいか、決めてもらっていること。


 言葉は、つかえながら、出てきた。


 順番も、ばらばらだった。


 それでも、あの人は、急かさなかった。


 慈恩は、遮らなかった。


 売り込みもしなかった。


 「それなら、これを」とも、「いい日は、来月の満月」とも、言わなかった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

明日は、カモの達人脱サラ後の慈恩君の話です。

月曜・木曜の定期更新に加え、時間ができた時にも随時更新します!

ぜひお楽しみに!


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