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燃えカスの守り人  作者: K3
岸田澪の、消えかた

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第84話 365日のスポットライト(1)

月曜・木曜の定期更新に加え、時間ができた時にも随時更新します!


ぜひお楽しみに!


それでは、本編をお楽しみください。


プロローグ「カモの達人」


 わたしは、占いが上手だ。


 占ってもらうのが、という意味だ。


 占い師の前に座ると、何を聞けばいいか、もうわかる。


 「最近、流れが悪い気がして」と言えば、向こうは身を乗り出す。


 「やっぱり当たってる」と頷けば、先生は機嫌がいい。


 「これがあれば道が開く」と石を出されたら、迷わず財布を開く。


 値段は見ない。


 見たら、買えなくなるから。


 半年で、占い師を四人替えた。


 今は五人目だ。


 どの先生も、最初はわたしを褒めてくれる。


 「あなたは素直ね」「視させてくれる人は、伸びる」。


 素直、というのは、たぶん、言われた通りに買う、という意味だ。


 わかっている。


 わかっていて、買う。


 手首には、ブレスレットが四本ある。


 天然石。


 一本二万八千円。


 それぞれ違う先生にもらった。


 守護の石。


 金運の石。


 良縁の石。


 あとひとつは、なんの石だったか、忘れた。


 お金は、ある。


 夜に作る。


 名前も知らない男の人と、ごはんを食べて、少しだけ笑って、いくらか受け取る。


 それ以上のことも、ある。


 深くは考えない。


 考えると、たぶん、続けられないから。


 アイドルを続けるために、お金がいる。


 お金を作るために、夜がある。


 占いに行くために——あれ。


 順番が、わからなくなる。


 でも、いいのだ。


 占いに行けば、先生が教えてくれる。


 今日がいい日か、悪い日か。


 次に何を買えばいいか。


 いつ動けばいいか。


 わたしは、何も決めなくていい。


 決めるのは、いつも、誰かだ。


 それは、楽だった。


 間違えなくて済む。


 責任を、負わなくて済む。


 誰かが「これでいい」と言ってくれるなら、わたしは、ただ頷いていればいい。


 ステージの上でも、たぶん、同じことをしている。


 与えられた曲を、与えられた振りで、笑って歌う。


 十三人のお客の前で。


 誰かが決めた笑顔で。


 ただ、ひとつだけ。


 二番のサビの、あの一行だけは。


 誰にも決められないまま、わたしが、勝手に、本気で歌ってしまう。


 なぜだろう。


 占い師は、それについては、何も言わない。


 誰かが、言ってくれることを、待っていたのかもしれない。


 その夜、わたしは、初めて、聞きたいことが、わからない人間だった。


第1章「導入」


シーンA「十三人のお客」


 今日のお客は、十三人だった。


 ステージの上から数えなくても、わかる。


 三十人のキャパシティのライブハウスで、いつもの常連が四人。


 あとは友達らしき顔と、ドリンク片手に通りすがった客が、ぱらぱらと。


 後ろの壁際には、誰も立っていない。


 立つほどの人がいないから、誰も立たない。


 マイクを握る手に、力を入れる。


 照明が、目に刺さる。


 安いライトの、白い光。


 汗が、こめかみを伝って落ちていく。


 スピーカーから返ってくる自分の声は、いつもより少しだけ高い。


 緊張しているのではない。


 客が少ない日ほど、声が上ずる。


 誰かに届けたくて、届く先が見えなくて、声だけが空回りする。


 二番のサビの、ある一行だけ。


 そこだけは、声が勝手に開く。


 十三人だろうと、一万人だろうと関係なく、そこだけは本気で歌ってしまう。


 理由は自分でもわからない。


 ただ、そのフレーズが好きだった。


 喉の奥が、勝手に開く。


 胸の、ふだんは閉じている場所が、その一行のあいだだけ、息をする。


 横を見る。


 アリス——綾子さんが、口元だけで笑っている。


 体は振り付け通りに動いているのに、目が、ここにない。


 どこか別の場所を見ている。


 たぶん、今夜の予定のことを考えている。


 ステージのあとに会う、誰かのことを。


 ハル——恵美さんは、丁寧だ。


 歌も振りも、誰よりも正確で、上手い。


 けれど、上手いだけだった。


 間違えない。


 けれど、こぼれない。


 彼女の歌からは、一滴も、こぼれてこない。


 二人とも、ステージの上で、ちゃんと笑っている。


 笑っているのに、いない。


 曲が終わる。


 拍手が、薄く返ってくる。


 常連が掛け声をくれる。


 それでも、空気はすぐにほどけて、客のひとりがドリンクを飲み干す音が、やけにはっきり聞こえた。


 氷の、からん、という音。


 それが、今日のいちばん大きな音だったかもしれない。


 わたしは、深く頭を下げた。


 三人のなかで、わたしだけが深く下げていることに、たぶん誰も気づいていない。


 綾子さんは、もう袖のほうへ歩きだしている。


 恵美さんは、客席へ向かって、きれいな角度で会釈をしている。


 きれいすぎる角度だった。


 ステージを降りると、すぐに物販だ。


 フロアの隅に長机を運んで、布を敷く。


 手焼きのCD-Rを並べる。


 ジャケットは自分たちで印刷した。


 インクが少しかすれているのは、家のプリンターのインクが切れかけていたからだ。


 チラシの束、メンバーの手作りのストラップ。


 値札は、マジックで書いた。


 書いたのは、わたしだ。


 綾子さんも恵美さんも、こういうことはやらない。


 お客が、ぽつぽつと列をつくる。


 常連の四人が、いつものように一枚ずつCD-Rを買ってくれる。


 握手をして、名前を呼んで、少しだけ喋る。


「ルナちゃん、今日も来たよ」


「ありがとうございます。嬉しい」


「最近、寒くなってきたから。風邪ひかないようにね」


「はい。先輩こそ」


 いつもの会話だった。


 同じ言葉を、何度も交わす。


 それでも、嫌ではなかった。


 この人たちは、わたしの名前を覚えてくれている。


 ルナ、と呼んでくれる。


 本当の名前ではないけれど、ステージの上のわたしを、ちゃんと見てくれている。


 わたしの前に並んだ常連の男の人が、少しだけ照れたように言った。


「今日のサビ、よかったよ」


「え」


「二番の。あそこ、ぐっときた」


 あのフレーズのことだ、とすぐにわかった。


 わたしが本気で歌った、あの一行。


 うれしかった。


 指先まで、ちゃんとうれしかった。


「ありがとうございます。あそこ、わたしも、好きで」


「うん。伝わってきた」


 伝わってきた。


 その言葉を、心のなかで、もう一度なぞる。


 届く先が見えないと思っていた声が、ちゃんと、この人には届いていた。


 十三人のうちの、ひとり。


 たったひとり。


 でも、ゼロではなかった。


 隣を見ると、綾子さんは握手の合間に、もう携帯を確認している。


 折りたたみの携帯を開いて、画面を見て、口元だけで笑って、また閉じる。


 恵美さんは、丁寧に、にこやかに、サインを書いている。


 きれいな字だった。


 崩れのない、お手本のような字。


 最後の一人が帰っていく。


 ドアが閉まる。


 外の、夜の音が一瞬だけ入ってきて、すぐに切れた。


 CD-Rは、三枚だけ残った。


 長机を片づけて、布をたたむ。


 布の畳み方の順番を、間違えた。


 やり直す。


 もう一度、端から合わせて。


 角を、きちんと合わせる。


 合わないと、気持ちが悪い。


 こういうとき、わたしはいつも、何度でもやり直してしまう。


 決められたことを、決められたとおりにやるのは、得意だった。


 二人は、笑っていた。


 いないのに、笑っていた。


 じゃあ、わたしは——。


 考えかけて、やめる。


 布をたたむ手だけ、動かし続けた。


 ふと、視線を感じて顔を上げると、綾子さんがこちらを見ていた。


 携帯を、もう閉じている。


 その目が、めずらしく、ここにあった。


「ねえ、ルナ」


 綾子さんが、笑った。


 いつもの、口元だけの笑い方ではなかった。


 その日は、目も笑っていた気がする。


「今日、このあと、空いてる?」


シーンB「先輩が連れて行った場所」


 あれは、半年前の夏だった。


 その日も、お客は少なかった。


 物販を片づけていたら、綾子さんが横に来て言った。


「ねえ、ルナ。気分転換に、いいとこ連れてってあげる」


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


月曜・木曜の定期更新に加え、時間ができた時にも随時更新します!

ぜひお楽しみに!


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