表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
燃えカスの守り人  作者: K3
第3話「喫茶店の、けんくん」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/88

第76話 喫茶店の、けんくん(6)


第4章 ——黒字の夜


——けんとの視点


 三ヶ月が経った。


 田島町工場、朝六時半。


 近くの部品メーカーから返事が来て、午前中だけ働かせてもらえることになった。


 午後は、工場の手伝い。


 借金は、一社ずつ、すこしずつ返している。


 三ヶ月前のぼくは、就活に失敗してパチンコに逃げていた。


 いまのぼくは、田島町工場の社員一年生だ。


  ◆◇


「営業、けんとに頼むわ」


 おじいちゃんが言った。


「はい」


 ぼくは、電話帳を開く。


 今日も、電話する。


 それだけ。


  ◆◇


 最初の月は、つらかった。


 電話をかけても、断られる。


 工場を訪問しても、追い返される。


「田島さんとこ、まだ、やってたんか」


 多くの会社が、田島町工場を、もう、終わったものとして扱っていた。


 しかし、ぼくは、電話を続けた。


  ◆◇


 二ヶ月目、ようやく、ひとつの注文が、取れた。


 古い取引先の、小さな部品。


「田島さんの孫が、来てくれるんやったら、ええわ」


 その社長は、おじいちゃんの、戦後からの、つきあいだった。


 ぼくは、その日、自転車で、工場に戻った。


  ◆◇


「おじいちゃん、注文、取れた」


「おう、誰や」


「川田金属の、川田社長」


「ふん、川田か」


「うん、五百個」


「ふん」


 おじいちゃんは、何も、言わなかった。


 しかし、その夜、おじいちゃんは、ぼくに、お酒を注いでくれた。


  ◆◇


「健斗」


「うん」


「川田に、お礼、言うときや」


「うん、もう言うた」


「ふん」


「おじいちゃん」


「ん」


「川田社長、おじいちゃんに、お酒、飲みに来てくれ、って」


「ほう」


「『信夫さんとな、もう、一度、飲みたい』って」


 おじいちゃんは、酒をこぼした。


  ◆◇


 その夜、ぼくは、初めて、おじいちゃんが、泣いているのを見た。


 しかし、おじいちゃんは、声を出さなかった。


 ただ、テーブルを見ていた。


 その目から涙が、ぽたり、と落ちた。


 ぼくも、何も、言わなかった。


 二人で、しずかに、お酒を飲んでいた。


——Part 2 黒字、五年ぶり


 三ヶ月の終わりに、おじいちゃんが、帳簿を持ってきた。


「健斗、これ、見てみ」


 ぼくは、帳簿を覗き込んだ。


 数字が、並んでいる。


「ここや」


 おじいちゃんの指が、月末の合計を指した。


 黒字。


 たしかに、わずかだったが、黒字になっていた。


  ◆◇


「五年ぶりや。黒字になったん、五年ぶり」


 おじいちゃんは、帳簿を両手で持って、しばらく、黙っていた。


 目が、すこし、赤い。


「おじいちゃん、一人で頑張ってたんやな」


「……うん」


「ごめん、おじいちゃん」


「なんで、けんとが謝るんや」


 おじいちゃんは、顔を上げた。


「けんとが来る、タイミング、いまがちょうどよかった。もっと早かったら、けんとが若すぎて、できんかった。いまのけんとで、ちょうどええ」


「おじいちゃん……」


「ありがとうな、けんと」


 ぼくは、何も、言えなかった。


 黒字の帳簿を、二人で、見ていた。


 事務所の蛍光灯が、工場の夜に、白く光っている。


——Part 3 慈恩の、半年点検


 半年後。


 工場のシャッターの前に、見覚えのある黒いジャケットの人影があった。


「慈恩さん!」


「あ、けんとくん、こんにちは」


 糸目。


 変わらない糸目。


 半年ぶりでも、慈恩さんはいつも通りだった。


「わざわざ来たんですか」


「まあ、半年経ちましたからね」


「電話してくれれば……」


「工場、見たかったので」


  ◆◇


 慈恩さんは、工場の中を見回した。


 旋盤、コンプレッサー、棚に並んだ部品。


 何を見ているのか、何を考えているのか、ぼくには、読めなかった。


「黒字、出ましたよ」


「聞きました」


「誰から?」


「おじいちゃんから、電話がきましたよ」


「……そうなんですか」


「うれしそうでしたよ」


  ◆◇


 慈恩さんは、煙草を一口吸った。


「借金は?」


「三社のうち二社、完済しました。残り一社です」


「いつまでに?」


「あと一年、かかるかもしれないですけど……」


「大丈夫ですよ」


「え?」


「一年で返せますよ」


 どうして、そう言えるのか、ぼくにはわからなかった。


 しかし、慈恩さんは、いつも、そういう言い方をした。


 根拠を、言わない。


 でも、外れたことが、ない。


  ◆◇


「けんとくん、今日は来てよかった」


 そう言って、慈恩さんは、工場を後にした。


 来た時と同じように、突然だった。


  ◆◇


 その日の夜、ぼくは、慈恩さんの言葉を思い出していた。


「一年で返せますよ」。


 計算上、ありえない。


 残り一社の借金は、九十万。


 月の収入から、生活費と工場の手伝い分を引いて、返済に回せるのは月に四万、五万。


 単純計算で、一年半は、かかる。


 しかし、慈恩さんは、「一年で」と言った。


  ◆◇


 ぼくは、不思議と、信じていた。


 なぜか、わからない。


 でも、慈恩さんが「一年で」と言ったなら、一年で、返せる気がした。


  ◆◇


 窓の外、星が、ひとつ、見えた。


 ぼくは、目を閉じた。


 明日も、工場に行く。


 電話を、かける。


 部品を、運ぶ。


 それだけ。


 でも、それが、ぼくのいまの生き方だった。


  ◆◇


 そして、それから、半年後。


 朝、工場を開けたら、見知らぬ車が、停まっていた。


 黒いセダン。


 中に、人が、三人いた。


 嫌な予感がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ