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燃えカスの守り人  作者: K3/KASANE
歌う男は、死の淵を歩いた人

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第22話 夏のなか、ちーちゃん(8)

時間ができた時にも随時更新します!


ぜひお楽しみに!


それでは、本編をお楽しみください。

 なに、わたし、緊張してる、の。


 そして、自分の格好を見る。


 半袖のワンピース。


 高いポニーテール。


 リップ。


 うん、これ、絶対、おしゃれしてきた感、出てる。


 翔太さんが、ちょっと目を細めて、わたしを見た。


「あ、ちーちゃん、今日、可愛いね」


 ぐえ。


「あ、あり、ありがとう、ございます」


 わたし、いま絶対、赤い。


 裕子さんが、肩をすくめた。


 裏で、たぶん、にやけてた。


「ちーちゃん、お昼食べた?」


「あ、家で」


「冷やし中華とか?」


「あ、はい」


「うちは、ハンバーグセット、よ」


「いま、いいです」


「あら、来た意味」


「……お昼は、家で、もう、食べたから」


 何しに来たの、って聞かれそうで、こわい。


 裕子さんは、にこにこしながら、


「翔太くん、ちーちゃんに、おしぼり、出してあげて」


「あ、はい」


 翔太さんは、慣れない手つきで、おしぼりを、わたしに出した。


「どうぞ」


「あ、ありがとう、ございます」


 ぎこちない、やり取り。


 わたしは、カウンターのいちばん奥、昨夜と同じ席に座った。


「ちーちゃん、お水、どうぞ」


「あ、ありがとう」


「他に、何か、要りますか?」


「あ、いえ……と、ジュースで、いいです」


「ジュース、何系?」


「あ、オレンジ」


「はい」


 翔太さんが、グラスに氷を入れて、オレンジジュースを注ぐ。


 その所作が、なんていうか、慣れてる。


 いままで、何度もこういう仕事をしていた人の動きだった。


「翔太さん、バイト、慣れてるね」


「あ、いやあ、上京してからの半年、ずっと居酒屋でバイトしてたんで」


「あ、なるほど」


「歌、続けるために、ね」


「あ……」


「でも、それも限界来ちゃったんで。辞めて、今に至る、って感じ」


 翔太さんは、ふっと笑った。


 その笑い方が、ちょっとだけ悲しそうだった。


「でも、ここはいい店だね」


「うん」


「裕子さん、優しいし、おじさんも、いい人っぽい」


「うん」


「慈恩さんも、なんか変な人だけど、悪い人じゃないし」


「うん」


「不思議だよね。こんな、ぐでんぐでんの知らない男を、家に上げるなんて」


「うん」


「俺も、不思議に思ってる」


 翔太さんは、お皿を拭きながら、独り言みたいに言った。


「でも、なんか、断れなかった」


「ああ、わかります」


「え?」


「慈恩さんって、ふんわり誘ってくるの、断れない感じがあるんですよ」


「ああ、そうそう、それ」


「あの、糸目で、にこっとされると、なんか、もう、いいや、ってなる」


「なる、それ」


 翔太さんが笑った。


 わたしも笑った。


 裕子さんが、棚を拭きながら、こちらを見て、ふふっと笑う。


 なんか、楽しい。


 そう思った。


 きのうまで、わたしは、慈恩さんの事務所に翔太さんが住むことが嫌だった。


 ヤキモチみたいなものを、感じていた。


 でも、いま。


 一緒にいるの、いいかも。


 そう思った。


 慈恩さんと、翔太さんが、事務所でコーヒー飲んでる想像。


 それは、別に悪くない気がした。


 そこに、わたしも混ざればいいだけだ。


 たぶん、許してくれる。


 慈恩さんは、たぶん、わたしも混ぜてくれる。


 あの人は、誰もひとりにしない人だから。


 それは、わたしが十二歳の時から知っていた。


「あ、翔太さんの、業界の名前、教えてもらってもいいですか」


 わたしは、聞いた。


 きのう、慈恩さんに「SHO」って言ってたのは、聞いていた。


 でも、ちゃんと本人の口から聞きたかった。


「あ、ああ」


 翔太さんは、お皿を拭く手を止めた。


 そして、ふっと笑って、


「SHOっていうんだ」


「ショウ、さん」


「翔太の、翔から取ったんだけど、ね」


「カタカナで?」


「うん、カタカナで、SHO。海外でも、いつか通用するように、って」


「すごい」


「いや、まだ、なんもしてないけど」


「歌、聞きたいです」


「もう、やめたから」


「やめたんですか、業界も?」


「うん。もう、過去のもの」


「……教えてもらいたい、です。SHOさんの、歌」


 翔太さんは、わたしを見た。


 しばらく考えて、


「うん、まあ、いつか、機会あったら」


 と、言った。


 SHO。


 心の中で、繰り返す。


 なぜか、忘れたくなかった。


 いつか、この名前が、もっと大きくなるかもしれない。


 そんな予感が、あった。


 夏の午後、三時四十五分。


 セミが、まだジリジリ鳴いていた。


 NAKANOのカウンターで、わたしと翔太さんは、ぽつぽつ話をしていた。


 裕子さんは、棚を拭きながら、にこにこ。


 美月ちゃんは、ベビーチェアで、よだれかけを口に含んで、すやすや寝ていた。


 あ。


 慈恩さん、いない。


 ふと、気づいた。


「あれ、慈恩さんは?」


「あ、慈恩さん、午前中で出張、出て」


「え、出張?」


「うん、なんか、急に。電話一本で」


「いつもの、ね」


「いつもの?」


「慈恩さん、急に出張行くの、よくある。明日には、戻ってくるはず」


「そうなんだ」


「うちに、長く居ない」


「ちーちゃん、よく知ってるね」


「うん、まあ、長い付き合いだから」


 そう言った時、わたしは、ちょっと誇らしかった。


 翔太さんと慈恩さんは、知り合って、まだ二日目。


 わたしと慈恩さんは、もう二年以上の付き合い。


 わたしの方が、先輩だ。


 そんな、変な優越感。


「ねえ、ちーちゃん」


 翔太さんが、お皿を拭きながら聞いた。


「あの、ちーちゃんのお祖父さんがオーナーの、ビル」


「うん」


「あれ、すごい古いの?」


「うん、けっこう古いよ。築八十年くらい。関東大震災のあとに、建てられたんだって」


「うわ、歴史」


「曾おじいちゃんの代から、家族でやってる」


「あ、そうなんだ」


「うちのおじいちゃん、たまに変なこと言うの。『あのビルは、もう、人格があるよ』って」


「人格? ビルなのに?」


「うん、ビルなのに」


 翔太さんは、お皿を拭く手を止めた。


 しばらく考えてから、ぽつりと言った。


「俺の地元にも、そういうの、ある」


「え?」


「うちの漁港、百二十年くらい続いてるんだよ。


で、おふくろが、よく言ってた。


『この港は、もう、自分で漁師を選んでる』って。


『お前がここにいるから、港が生きてるんだ』って」


 わたしは、しばらく黙った。


 翔太さんのお母さんの言葉。


 うちのおじいちゃんと、似てる。


「慈恩さん、こういう話、好きなんだよね」


「え?」


「付喪神の加護って、呼ぶらしい。物にも宿るし、家にも宿るし、会社にも宿る」


「会社にも?」


「うん。古い、老舗とか。だから、慈恩さん、いろんな会社の依頼、受けるんだって」


「そうなのか」


「慈恩さんが言うには、『その人がいるから、会社が生きてる、ってことが、たまにある』って」


「俺、よくわからない」


「わたしも、よくわからない」


 翔太さんが、ちょっと笑った。


 わたしも、笑った。


 でも、なんとなく、わかる気もする。


 うちのおじいちゃんが、ビルを絶対、手放さない理由。


 翔太さんのお母さんが、漁港を誇る理由。


 慈恩さんが、たぶん、それを見て、知ってること。


 そういえば。


 昨夜、この人が、泣きながら言っていた、ひとこと。


『ギターも、売ったんで』


 あのギター。


 なんだったんだろう。


 ふと、わたしは聞いた。


「あの、ね。翔太さん。ギター、誰のだったの?」


 翔太さんは、お皿を拭く手を止めた。


 しばらく黙って、


「……ひいじいさんの」


 と言った。


「ギブソンの、ES-150、っていうやつ」


「シンプソン……?」


「ギブソン、ね。アメリカの、古いメーカー」


「……ふうん」


 なんか、すごそう。


「アメリカで、いちばん最初の、ちゃんとしたエレキギター、らしい。


一九三六年に出て、ジャズの世界じゃ、伝説のギター。


チャーリー・クリスチャンって人が、その型で、ジャズを変えたんだって」


「うわ、すごい」


「うちのは、同じ型の、一九三九年製。戦後すぐ、米軍の若い兵隊さんが、ひいじいさんに譲ったらしい」


「兵隊さん?」


「ふつうの、二等兵。ジャズが好きで、無理して買ったやつ。アメリカで、ジャズマンになる夢、見てたって。でも、戦争に引っ張られて、日本まで来てた」


 翔太さんの声が、少し低くなった。


「終戦のしばらくあと、帰国する時に、言ったらしいんだ。


『これ、もう、おれ、弾けねえ』


『弾いても、戦争のことしか、思い出さねえ』って


 胸の奥が、しんと冷えた。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


notoやってます。

マガジンお仕事物

https://note.com/happy_duck8972/m/m87f735c2539e


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