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燃えカスの守り人  作者: K3
歌う男は、死の淵を歩いた人

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第21話 夏のなか、ちーちゃん(11)

お読みくださり、ありがとうございます。


最新話はカクヨムにて先行公開中

https://kakuyomu.jp/works/2912051599581287637


第3章 ——ちーちゃんの夏期講習【1】


 セミの声で、目が覚めた。


 もう、本気の鳴き方だ。


 カーテンの向こうは、白く光っている。


 ——今日から、夏期講習。


 中三の夏。


 "受験生"っていう看板を、首から下げて生きる季節。


 うちの中学では、お盆前後の二週間、朝九時から昼前まで、数学と英語をやる。


 ——午前は勉強。


 午後は稽古。


 夜は宿題。


 剣道を本気でやってる中三の夏休みなんて、そんなのばっかりだ。


「行ってきます」


「いってらっしゃい」


 お母さんは今日も、台所で洗い物。


 振り返らず、声だけ返ってくる。


 それが、うちの朝。


 玄関を出た瞬間。


 ——熱っ。


 セミと、湿気と、焼けたアスファルトの匂いが、いっぺんに押し寄せる。


 首筋を、汗が、つうっと流れた。


 夏期講習の教室は、いつもの校舎じゃなくて、特別棟の四階。


 ——なんで夏休みに、四階。


 竹刀振らせないなら、せめて、エアコン強くして。


 汗だくで教室に入ると、クラスメイトも、みんな、ぐったりしていた。


 夏期講習初日の朝に、ちゃんと目が覚めてる人なんて、いない。


 ——わかる。


 わたしも、同じ。


 そこへ、数学の先生が、入ってきた。


「はーい、夏期講習一日目です。寝るな、起きろ、解けー」


 ——五十過ぎの先生の夏休みも、だいぶ、大変そう。


 ちょっとだけ、心の中で、頷いた。


 配られた問題集を、開く。


 連立方程式。


 二次方程式。


 確率。


 図形。


 ——あ、これ、全部わかる。


 剣道の合間に、コツコツ解いてきた範囲だった。


 うちのおじいちゃんは、ビルのオーナーだけど、勉強には、妙に厳しい。


「数学は、戦いだ」


「相手の駒を見て、自分の手を打つんだ」


 将棋好きの、おじいちゃんらしい口癖。


 だから、わたしは数学を、剣道みたいに解く。


 相手の癖を見抜いて、間合いを測って、踏み込む。


 式を整理して、いらないものを消して、答えまで、最短で、斬り込む。


 ——できた。


 次。


 これも。


 次。


 淡々と、問題を片づけていく。


「剣道部部長!」


 呼ばれて、顔を上げる。


「あ、はい」


「お前、もう終わったのか?」


「はい」


「全部?」


「はい」


「マジかよ」


 教室が、ざわついた。


 ——あ。


 また、目立った。


 これ、ちょっと、苦手。


 剣道でもそうだけど、目立つとすぐ「鬼神」「強すぎ」「ヤバい」。


 そういう扱いになる。


 別に、好きで強くなったわけじゃ、ないのに。


「先生、次のプリント、ありますか?」


「お、あるある。じゃ、これ、解いてみろ」


 渡されたのは、応用問題。


 ——うわ。


 見たことはあるけど、ちゃんと解いたこと、ないやつ。


 少しだけ、眉を、ひそめる。


「えっと……」


 難しい。


 でも——面白い。


 自然と、口元が、上がった。


 ——あ、これ。


 ちょっと、強い相手だ。


 そう思いながら、わたしはまた、静かに、問題へ向き直った。


 お昼前。


 夏期講習が、終わった。


 だるい足取りで廊下を歩いていると、


「あっ、あの……!」


 後ろから、声。


 ——あ、来た。


 振り返る。


 例の、いつもの男子。


 顔を真っ赤にして、手に、何か紙みたいなものを、握っている。


 ——きょうも、しゃべれない感じだ。


「えっと、その……ですね」


「うん」


「あ、あの……」


 ——もう、慣れた。


 急かさず、待つ。


「ぼく、その、夏休み……」


「うん」


 ——夏休みって、まだ講習あるけど。


「あの、もし、よかったら——」


「××ー!」


 後ろから、別の男子の声。


「お前、何やってんだよー! 塾のこと、聞きたかったんだろー?」


「あ、ああ、うん!」


「行くぞー!」


「あ、ご、ごめん! また今度!」


 男子は、逃げるみたいに、走っていった。


 ——きょうも、消えた。


 結局、何の話だったんだろ。


 特別棟を出ると、外はもう、真昼の太陽。


 むわっとした熱気が、肌に、まとわりつく。


 ——今日、お母さんいないんだよね。


 お父さんも、出張で二日いないし。


 ひとりご飯、つまんないな。


 そう思った瞬間。


 ——あ、NAKANO行こう。


 気づけば、足が、神宝町の方を、向いていた。


 慈恩さんは、昨日から、出張に出ている。


「ちーちゃん。ぼく、二日ほど、留守しますんで」


 昨日の夕方、いつもの調子で、そう言っていた。


「えー、出張ですか」


「ええ、ちょっと地方の、依頼者のところに」


「依頼者?」


「まあ、依頼者なのか、それ、ぼくもよくわかんないんですけど」


「なにそれ」


「呼ばれたから、行くだけです」


 慈恩さんは、糸目のまま、にこっと笑って。


「お兄さんのこと、よろしくお願いします」


 そう言った。


「わたし、保護者じゃないですけど」


「はい」


「裕子さんとおじさんが、見てるじゃないですか」


「ええ。でも、ちーちゃんも、たまに、覗いてあげてください」


 ——どさくさ紛れに、保護者扱いされた気がする。


 ——でも、ちょっと、嬉しかった。


 それが、昨日。


 今日から、慈恩さんは、いない。


 ——ふらっと行っても、慈恩さんには、会えない。


 でも、翔太さんはいる。


 裕子さんと、おじさんも。


 美月も、抱っこできる。


 そんなことを考えながら——


 ——きょうは、翔太さん、何してるかな。


 ガラスのドアを、押した。


 ——その向こうの翔太さんは、なぜか、ぶ厚い本に、かじりついていた。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。


次のお話で、またお会いできましたら幸いです。


最新話はカクヨムにて先行公開中

https://kakuyomu.jp/works/2912051599581287637


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