第五話「足りない、と誰かが言えば」
四時を回ると、沢の下から先に暗くなる。
わたしは山の口の石の脇に立って、最後の軽トラが下りていくのを見送った。荷台に、切ったばかりの枝が積んであった。運転していたのは下の家の息子で、会釈はしてくれたけれど、目は合わなかった。三十年、この会釈だけは絶えたことがない。
帳面を開いて、夕方の欄に一画足した。朝の欄と見比べる。入った数と、出た数。
差は一だった。
鉛筆はもう、指の間で立てるのがやっとの長さになっていた。
坂を下って七分。土間で長靴を脱いで、茶の間の卓に帳面を置いて、湯を沸かした。柿が色づいてから、日の落ちるのが急に早くなった気がする。炬燵はまだ出していない。出すと、朝、立てなくなる。
戸を叩く音がしたのは、湯が鳴りはじめた頃だった。
戸沢さんが、回覧板を抱えて立っていた。
「回覧、持ってきた」
わたしは受け取らなかった。
「戸沢さんとこは、うちの後ろでしょう」
「……そうやったな」
戸沢さんは板を胸に抱えたまま、動かなかった。回覧はどの家からどの家へと、決まった順に回る。何十年も、誰ひとり間違えたことのない順番だった。戸沢さんは自分の家から一軒戻って、そこに立っていた。
「上がりますか」
わたしが言うと、戸沢さんは長いこと黙って、それから履物を脱いだ。
茶の間はもう暗かった。紐を引いて電灯を点けると、卓の上だけが白くなって、隅の方がかえって濃くなった。人を上げるのは、ずいぶん久しぶりだった。座布団を出すのに、押し入れの中を少し探した。
茶を出した。戸棚のいちばん上から出した来客用で、二段目は開けなかった。
戸沢さんは茶に口をつけないで、湯呑みを両手で包んでいた。指が太くて、親指の爪が縦に割れていた。山を下りて何年も経つのに、手だけはまだ山の仕事の人の手だった。
「ハルさん」
「はい」
「三十年前の、秋のことだがな」
湯呑みの中で、茶の葉が回っていた。わたしは息をしていなかったと思う。三十年、この集落で、あの年の秋の話をわたしにした人は、ひとりもいない。
「あの年は雨が遅うてな。九月の終わりまで下ばっかり刈っとった。上の枝打ちに入ったのが、ちょうど今時分だ」
戸沢さんはそこで一度、言葉を切った。
「あの日、おれは弁当を二つ持って上がった。……誰の分だったか、ずっと思い出せん」
わたしは、何も言えなかった。
戸沢さんは湯呑みを卓に置いた。置いた音が、思ったより大きかった。
「女房が二つ握ったんだ。おれは昼に一つしか食わん。女房がいちばんよう知っとる。なのに二つ持たせた。おれもそれを、当たり前みたいな顔で持って上がった。……片方は、開けんまま持って下りた」
「戸沢さん」
「その晩、女房に聞いたんだ。なんで二つ握った、と。そしたら女房が、なんで二つ握ったんやろな、と言うた」
戸沢さんは笑わなかった。わたしも笑わなかった。
「それから三十年、誰にも言うとらん。言うたところで、おれが耄碌したという話にしかならん。……ハルさんが山の口に立ちはじめたのが、その次の朝からだ。おれは毎朝、坂の下からあんたを見とった」
指の先が冷たくなっていくのが分かった。
三十年、わたしが口に出すたびに、みんなは困った顔をした。はじめの何年かは、それでも言った。畑の畦でも、寄り合いの帰り道でも言った。相手はたいてい、いい人だった。いい人が困る顔というのは、怒鳴られるよりこたえる。そのうち言わなくなって、言わなくなってからの年数の方が、もう長い。悪いのはわたしの方だと、いつからか思うようになっていた。膝の痛む朝には、これはもう病気なのかもしれないと思ったことも、一度や二度ではない。
その人が、いま、目の前で、合っていないと言っていた。
土間の方で、砂利を踏む音がした。
戸沢さんが振り向いて、「入りなさい」と言った。
黒いスーツの人が、土間に立っていた。集落の外れの空き家を借りている人で、昨日わたしが追い返した人だった。痩せていて、色が白い。この土地の人はみんな首から先が日に焼けているから、それだけでよそ者だと分かる。目は、閉じているように見えた。暗いからかと思ったけれど、明るいところで見たときも同じだった。
「坂の下で会うてな」
「ここへ来ると言うたら、ついてくるっちゅうんで。連れて来た」
と、戸沢さんが言った。
わたしは腰を上げなかった。
「帰ってください」
「はい」
そう言って、慈恩さんは帰らなかった。上がってもこないで、土間に立ったままだった。上着の内から煙草を出して、火はつけないで指に挟んでいた。
「宮尾さん。ひとつだけ言って、帰ります」
わたしは黙っていた。
「三十年、あなたはずっと、合っていないと言ってきましたね」
「……言いました」
「誰も、取り合わなかったんですね」
「そうです」
自分の声が掠れ、震えているのが厭だった。
「数が合っていれば、誰も探しません。合わせたのは、あなたじゃない」
茶の間が静かになった。
わたしは、その言葉をすぐには受け取れなかった。
朝から晩まで、あるだけぜんぶの帳面を数え直した年がある。間違っているのは自分だと思って、何度もやった。
合わせようとしていたのは、ずっと、わたしの方だった。
合わせたのは、わたしじゃない。
「じゃあ、誰が」
聞いてから、聞いてはいけないことを聞いた気がした。
「ぼくが言うのは、ここまでです」
それだけで、慈恩さんは土間から出ていった。煙草はとうとう、つけなかった。
戸沢さんも、しばらくして腰を上げた。上がり框で一度止まって、抱えたままだった回覧板を、卓の端に置いた。
「……順番は、あとで戻しとく」
戸が閉まって、家の中の音が全部なくなった。
わたしは湯呑みを二つ流しへ運んで、洗って、伏せた。それから茶の間に戻って、卓の上の回覧板を開いた。
挟んである紙に、明日の寄り合いの次第が刷ってあった。一、林道の草刈りの日取り。二、公民館の屋根。三、その他。
その紙を、長いこと見ていた。
わたしは数えて、書いて、閉じてきた。誰にも見せなかった。見せたところで困らせるだけだと思っていたし、それに、見せて信じてもらえなかったときのことが、こわかった。
押し入れを開けた。みかん箱が二つ。上の箱の蓋を開けると、いちばん上に去年の帳面があって、その下に一昨年の、その下にその前の年の、と続いていた。表紙の紙は端から茶色くなっていた。いちばん下の一冊は、雨の日に濡らしたことがあって、乾いてから波を打っている。
膝をついて、一冊ずつ出した。膝が鳴った。紙は冷たくて、古い畳と押し入れの匂いがした。開いた覚えのない年のものを開くと、正の字がまだ濃かった。若い頃は筆圧が強かったらしい。新しい方へ行くほど、字が薄く、細くなっていた。途中で息が上がって、柱に寄りかかって休んだ。それでも全部出した。三十冊あった。
風呂敷を広げて、包んだ。結び目を作るのに、二度やり直した。今年の一冊は、明日の朝の分を書いてから足すことにした。
その晩は、よく眠れなかった。眠れないのは久しぶりだった。寝つきだけは、ずっとよかった。五時に起きなければならなかったからだ。
朝、白い息が出た。
いつもどおり山の口に立って、入る人を数えた。手が寒さでうまく動かなくて、正の字の一画が、下に長く伸びた。
家に戻って、夕方の欄を空けたまま、今年の帳面を閉じた。結び目をほどいて、いちばん上にその一冊を入れて、もう一度結んだ。三十一冊になった。
昼前になって、風呂敷の結び目を持ち上げると、思ったより重かった。紙というのは、束になるとこんなに重いものかと思った。
戸を開けると、坂の下に公民館の屋根が見えた。軽トラが三台、前に停まっていた。中から人の声がしていた。
わたしは風呂敷を抱え直して、その戸に手をかけた。
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