第四話「ひとりで、数えていた」
その日は、山の口に先客がいた。
まだ暗いうちに坂を上がっていくと、営林の看板の横に、黒いものが立っていた。熊かと思って足が止まった。人だった。集落の外れの空き家に入っている、慈恩さんとか言う人だった。
この時季に上着も羽織らないで、黒いスーツのままで立っている。痩せた人だ。顔だけが白く浮いて見えた。煙草を持っていたけれど、灰は地面に落とさない。手のひらに載るくらいの入れ物へ、こつ、と落としている。山でそんなものを使う人を、わたしは見たことがなかった。
目は閉じているように見えた。眠っているのかと思ったら、下の道を軽トラが上がってきたとき、首だけそちらへ動いた。閉じたままで見ているらしい。
わたしは会釈をして、いつもの場所に立った。道祖神の、風の当たらない側だ。息が白い。手袋は右だけ外す。芯の先の感じが、指でわからなくなるからだ。
軽トラが山の口へ入っていった。戸沢さんだった。棒を一本。
六時前に、きのこ採りのばあさんが上がっていった。籠を提げて、誰に言うでもなく何か言っていた。二本目。
六時を過ぎて、上の家のじいさんが柴を取りに入った。頭だけ下げていった。顔は上げない。この集落の人はみんなそうだ。三本目。
最後に、原付が上がってきた。戸沢さんとこの孫だ。山の口の手前でいったん停まって、それから林道へ入っていった。四本目。
棒が四本並んで、正の字にはならないまま、その朝は終わった。
慈恩さんは、そのあいだ、ずっと立っていた。山へは入らない。入らない人は数えない。だから棒は引かなかった。
帰りぎわに、あの人はこちらへ小さく頭を下げた。また身構えて、また何も言われなかった。三度目だった。
家に戻って、洗い物をして、干して、取り込んだ。気がつくと、時計の針が三時を回っていた。卓の帳面には、朝の棒が四本、並んだままになっている。
四時になる前に、また坂を上がった。
柿の色が、暗がりのなかへ先に沈んでいく。
慈恩さんは、まだそこにいた。というより、また来ていたのかもしれない。
「宮尾さん」
名を呼ばれて、わたしは少し驚いた。この集落で名字のほうを呼ばれることは、めったにない。
「区長さんから、これを」
差し出されたのは、秋の道普請の割り当てだった。空き家にも人足が一人、割り当ててある。出られない家は出不足金を、と但し書きがついている。
「空き家からも、出すんですか」
「出すそうです」
紙のいちばん下に、判が一つ押してあった。借りものだろうに、少しも曲がっていなかった。
わたしは自分の名のところに丸をつけて、紙を返した。返しながら、この人は来月にはもういないのだろうな、と思った。それでも判はまっすぐ押した。
「毎朝、何を数えているんですか」
慈恩さんが言った。
三十年で、そう聞かれたのは初めてだった。だいたいの人は聞かない。聞かずに、やめませんか、と言う。何を数えているのかを知らないまま、やめさせようとする。それが優しさなのだということも、いまはもうわかっている。わかっているから、返事をしないでやってきた。
「……人です」
「入る人と、出る人の、どちらを」
「両方」
言ってから、自分の声が思ったより硬いのに気がついた。両方、と言い切ったのは、ずいぶん久しぶりだった。
両方だと言うと、たいていの人は困った顔をする。片方でいいでしょう、と言った人もいる。入る人だけ数えていれば、待っているのだとわかる。出る人まで数えるから、おかしくなるのだと。……そうかもしれない、と思ったことは何度もある。何度も思って、それでも次の朝には、両方数えている。
慈恩さんは、すぐには続けなかった。煙草を一度だけ吸って、また入れ物へ灰を落とした。その間が、やけに長かった。うなずきもしない。ただ少し、首を傾けた。教えてくれる人の顔ではなかった。わかっている人の顔でもなかった。強いて言えば、こちらの帳面をもう一度読み直している人の、顔だった。
「三十年、両方数えて、差がずっと一のままなんですね。……忘れられたんじゃありません。あなたが、ひとりで覚えていたんです」
鉛筆が、指から落ちた。
拾わなかった。しゃがむと膝が鳴るからではなくて、しゃがんだら、しばらく立てない気がしたからだ。
覚えていた、という言い方を、いままで誰もしなかった。忘れられた、なら何度も言われた。かわいそうに、忘れられて、とも言われた。そのたびに、忘れたのはそっちだろう、と喉まで出て、言わずに帰ってきた。
この人が何を言ったのか、すぐにはわからなかった。わからないのに、腹の底のほうが先に熱くなった。三十年、いろんな人が、いろんな言い方をしてきた。気の毒に、と言う人。もう忘れなさい、と言う人。そろそろ病院へ行きましょう、と言う人。言い方はみんな違うのに、その先にあるものは一つしかない。わたしは、その一つを聞かされるために、ここに立ってきたようなものだった。
「……あんたも、いなかったって言うんだろう」
声が出た。自分でも驚くくらい、大きな声だった。この集落でわたしがこんな声を出したのは、たぶん三十年ぶりだった。沢の水の音が、一瞬だけ遠くなった気がした。
言ってしまってから、口のなかが乾いた。ずっと言わずにきた言葉だった。言わずにきたのは、我慢していたからではない。言えば、その次に返ってくる言葉を、聞かなければならなくなるからだ。
「帰ってください」
慈恩さんは、何も言わなかった。目は閉じたままだった。追ってもこないし、言い返しもしない。ただ、足元に落ちた鉛筆を拾って、わたしの手に持たせた。それだけだった。
いなかった、とも言われなかった。いた、とも言われなかった。三十年、そのどちらかを言われることばかり考えて身構えてきたのに、どちらも言われないと、怒りをどこへ置いていいのかわからなくなる。
上のほうから、原付の音が降りてきた。孫だった。わたしの横をすり抜けるとき、片手だけ上げていった。棒を一本。
少し遅れて、上の家のじいさんが束を背負って下りてきた。二本目。
軽トラが出てきた。戸沢さんは片手だけ上げていった。三本目。
最後に、ばあさんが籠を提げて下りてきた。籠は、朝より重そうには見えなかった。
棒を引こうとして、手が止まった。
帳面には、三本しかなかった。
わたしは道の下のほうを見た。もう誰も上がってこないし、誰も下りてこない。四人とも、たしかにわたしの前を通った。原付の音も、じいさんの背負っていた束の匂いも、まだ残っている。それなのに、棒は三本だった。
入、四。
出、三。
三十年、この欄はずっとこうだ。
帳面を閉じて、坂を下りた。七分の道が、その日はやけに長かった。膝が、いつもより深いところで鳴った。
振り返るつもりはなかった。追ってこないのはわかっていたし、追ってこられても困る。それなのに、曲がりのところで足が止まって、一度だけ振り返った。
慈恩さんは、まだ山の口に立っていた。煙草はもう消えていた。あの人が、右手を胸のあたりまで上げるのが見えた。指を、一本ずつ折っている。折って、開いて、また折る。数えているのだとわかった。朝からずっとそこにいた人だから、上がっていった人も、下りてきた人も、ぜんぶ見ている。
四本折って、あの人の指は止まった。
それから手を開いて、そのままポケットへ入れた。
あの人の指には、四本あった。
わたしの帳面には、三本しかない。
わたしが数えたときだけ、いつも一人、足りない。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




