第一話「数が、合わない」
最終回かと思ったか。
(╬☉д⊙) まだだ、まだ終わらんよ…!
鉛筆が短くなっていた。
削る木がもうあまり残っていない。新しいのを下ろせばいいのに、そうする気にならなくて、わたしはその短いのを親指と人差し指ではさんだ。手袋をしていると芯の先の感じがわからないから、右手だけ外している。指はすぐにかじかむ。帳面をひらいて、今日の欄のいちばん上に、縦の棒を一本引いた。
軽トラが一台、林道へ入っていったところだった。荷台に鉈と、青いコンテナが積んであった。戸沢さんとこのだ。エンジンの音が杉のあいだを上がっていって、途中で曲がって、聞こえなくなった。
棒は一本では字にならない。二本、三本と足していって、五本目でようやく正の字になる。そうやって並べておけば、日が暮れる頃には数がわかる。わかったところでどうにもならないと、自分でも思う日がある。三十年、この数が合ったことは一度もない。それでも、考えるより先に手のほうが動く。
朝の五時。まだ暗い。息が白い。
山の口は、うちから坂を上がって七分のところにある。軽トラが一台やっと通れるだけの幅で、脇に営林の看板が立っている。入林される方は、というところまでは読めて、そのあとが錆で消えている。読めないままで、誰も困っていない。柱の根元は腐っていて、今は針金で杉の幹に留めてある。看板の隣に、苔の乗った石の道祖神が一つ。わたしはいつも、その石の、風の当たらない側に立つ。杉と檜がまっすぐ並んでいて、上のほうだけ雑木で、そこだけが今は少し赤い。
六時前に、きのこ採りが二人上がっていった。路肩に町のナンバーの車を停めて、長靴に履き替えて、それから歩いて入っていった。今年は出が悪いだの、去年の場所はもう誰かに取られているだのと話しながら入っていく声が、しばらく聞こえていた。棒を二本。
六時を過ぎて、上の家のじいさんが柴を取りに入った。すれ違うとき、じいさんはわたしのほうへ小さく頭を下げた。目は合わなかった。この集落の人はみんな、そうやって会釈をする。頭は下げるけれど、顔は上げない。悪気があってのことではないと思う。何を言えばいいのかわからないだけだろう。わたしのほうにも、言うことはない。棒を一本。
七時になると、山の口はしんとする。鳥の声のほうが大きくなる。わたしは帳面を閉じて、坂を下りた。
柿が色づいていた。うちのは渋柿で、昔は軒に吊るしていたけれど、今はもう取る者がいない。田はもう刈り跡だけになっていて、朝のうちは白く光って見える。あの秋も、こんなふうに柿が色づいていた。
家に帰ると、土間に回覧板が置いてあった。わたしは判子を押して、次の家へ回した。
昼のあいだのことは、うまく思い出せない。何かはしている。洗い物をして、干して、取り込んで、それくらいのことだ。気がつくと、時計の針が三時を回っている。
茶の間はまだ炬燵を出していない。畳が冷えるけれど、出してしまうと、そこから動かなくなりそうで、出さないでいる。
卓の上には帳面が一冊だけ出してある。一年に一冊と決めていて、表紙には年を書いてある。書き損じても破らない。破ると、その日が無かったことになる気がして、線を引いて上から書き直す。だから後ろのほうのページは、線だらけだ。
四時になる前に、また坂を上がった。膝がかたくなっていて、途中で一度、道の端に手をついた。手をついたところの草が、朝より倒れていた。誰かが同じ場所に手をついたのかもしれないし、鹿かもしれない。そういうことを、いちいち考えるようになった。
四時を回ると、沢の下のほうから暗くなってくる。日の入りは五時過ぎだけれど、山はそこまで待ってくれない。谷筋の色が抜けて、杉のあいだが先に暗くなって、それから空だけが白く残る。
最初に下りてきたのは、きのこ採りの二人だった。籠は軽そうだった。今年は出が悪い、というのは本当らしい。棒を二本。
次に軽トラが出てきた。戸沢さんは窓を下ろさずに、片手だけ上げて行った。わたしも会釈を返した。棒を一本。
三本目を引いたところで、手が止まった。朝は四人だった。帳面にそう書いてある。わたしは正の字になりかけの三本を見て、それから道の下のほうを見た。もう誰も上がってこないし、誰も下りてこない。
思い返せば、四人とも下りてきたはずだった。きのこ採りが二人。戸沢さん。上の家のじいさんも、束を背負って下りていった。顔を並べてみても、余る人はいない。それなのに、棒は三本にしかならない。指で押さえながら何度数え直しても、三本だった。
わたしがぼけたのかもしれない、と思う。ここまで来ると、そのほうがずっと簡単だと思う。それでも、三十年ぼけ続けている人というのは、あまり聞かない。
軽トラが下から上がってきて、道祖神の手前で停まった。区長さんだった。窓が下りて、白い息が出た。
「ハルさん」
わたしは帳面を閉じた。閉じてから、閉じたのがよくなかったと思った。隠すようなことは何もしていないのに、手が先に動く。
「もう、やめませんか」
悪い人ではない。この人はこの人で、寒くなる前に一度言っておこうと思って、わざわざ上がってきたのだと思う。三十年、同じことを、いろんな人が、いろんな言い方で言ってきた。やめませんか。体にさわりますよ。もういいでしょう。
わたしは黙っていた。返事をしないのも、三十年、同じだった。
言えばいいのだと、若い頃は思っていた。言えばわかってもらえると思っていた。今は、言ったところで、この人の顔が困った形になるだけだとわかっている。困らせるために立っているわけではない。
区長さんはしばらく待って、それから「気ぃつけて」と言って、軽トラを切り返して下りていった。切り返すのに三回かかった。ここはそういう幅の道だ。
そのあと、坂の下から人が歩いて上がってきた。
黒いスーツを着ていた。この時季に上着も羽織らないで、痩せた人だった。集落の外れの空き家に人が入っているという話は、その区長さんから聞いていた。町へ出た家の親戚だとか、そうでないとか。慈恩さん、というらしい。
その人は林道の入口まで来て、立ち止まった。わたしのほうを見た、と思う。目は閉じているように見えたから、本当に見たのかどうかはわからない。上着の内から煙草を出して、火をつけた。谷から風が来ているのに、一度で点いた。
何か言われるのだろうと思って、わたしは帳面を持つ手に力を入れた。やめませんか、でもいい。寒いですよ、でもいい。何を数えているんですか、でもいい。言われたら、いつものように黙っていればいい。それだけのことだ。
その人は何も言わなかった。
煙草を携帯灰皿に押し込んで、蓋を閉めて、道祖神のほうへ小さく頭を下げると、林道には入らずに、そのまま道なりに歩いていった。山へ入らない人は数えない。だから棒は引かなかった。
背中が見えなくなってから、わたしは少し、拍子抜けしていた。何も言われないというのが、こんなに落ち着かないものだとは思わなかった。三十年、言われることには慣れていた。言われないと、自分が何をしているのかを、自分で説明しないといけなくなる。
暗くなってから家に戻った。戸を閉めた。錠には手をかけない。茶の間の電気をつけて、老眼鏡をかけて、卓の帳面をひらいた。今日の欄には、朝に引いた棒と、夕方に引いた棒が並んでいる。
入、四。
出、三。
差は、一。
押し入れを開ければ、みかん箱が二つある。中に、去年のからさかのぼって三十冊入っている。今年のは、三十一冊目になる。箱の底のほうの一冊は、紙が茶色くなっている。それでも、若いころの字は太くて、いまでもよく読める。どれを開いても、書いてあることは同じだ。
入った人の数と、出た人の数。
三十年、その差は、いつも一だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




