第4話「最後の春」
二〇一六年。
祖母は、ずいぶん年老いていた。
会うたびに、小さくなっていく。
手が細くなって、指の関節ばかりが目立つ。
声は、耳を近づけないと聞こえないくらいになった。
湯呑みを持ち上げる動作が、前より一拍遅れる。
畳の縁で、少しつまずく。
仏壇の花を替えるのに、前は片手でやっていたのが、今は柱に手をついて、時間をかける。
ぼくは、それを、見ないふりをした。
見れば、分かってしまうからだ。
目を開けなくても、ずっと一緒にいた人のことは、分かる。
祖母の中で、灯りが少しずつ細くなっていくのが、分かる。
事故でも、病でも、憑きものでもない。
ただ、寿命という、いちばんどうにもならないものが、近づいてきていた。
ぼくの力は、たいていのものに効く。
憑いたものは落とせるし、呪いは解ける。
死にかけた人を、言葉で、こちら側へ引き戻したことも、一度や二度ではない。
でも、寿命だけは、どの力でも届かない。
あれは、その人の中に、最初から刻み込まれている数字だ。
ぼくには、書き換えられない。
だから、見ないふりをして、湯呑みにお茶を注ぎ、たわいもない話をした。
せめて、あと一回、あと一回、と数えながら。
年が明けて間もない、冬の日のことを、よく覚えている。
日当たりのいい縁側で、祖母は、みかんを剥いていた。
皮を几帳面に四つに割って、白い筋を一本ずつ、丁寧に取る。
昔から、そうだった。
一房、ぼくにくれて、自分も一房、食べる。
甘いねぇ、と、祖母は言った。
ぼくも、甘いですね、と言った。
それだけの、なんでもない時間だった。
でも、ぼくは、目を閉じたまま、それをしまっておこうとした。
このみかんの甘さと、縁側の光を。
あとで、取り出せるように。
もう、あまり、残っていないと、分かっていたからだ。
あの人の脇の数字を、ぼくは、見ないようにしていた。
見れば、あと何回、みかんを剥けるかまで、分かってしまう気がして。
その年の春先に、一通の通知が届いた。
キャリアコンサルタントが、国家資格になる、という知らせだった。
今年から、登録制の、国が決めた資格になる。
試験があって、受かって、登録すれば、正式に名乗れる。
更新もある。
ぼくは、なんだこりゃ、と思っただけだった。
名乗り方が一つ増えるだけで、やることは何も変わらない。
事務所で人の話を聞く。
それだけだ。
その通知を、なんとなく、祖母に見せた。
見せる必要なんて、なかった。
捨ててもよかった。
ただ、見せたかったんだと思う。
仏壇の引き出しの、あの名刺の話の、続きみたいに。
祖母は、老眼鏡越しに、通知を読んだ。
それから、顔を上げて、笑った。
皺の中で、目だけが、昔のままの色をしていた。
「国家資格に、なるの」
「らしいですよ。まあ、めんどくさいだけですけど」
「すごいねぇ」
祖母は、本当に、すごいねぇ、と言った。
国家資格、という響きが、祖母には眩しかったらしい。
お国が認める資格。
孫の、あの「ちゃんとした仕事」に、お国が判子を押してくれる。
戦争の時代を生き抜いた、祖母の世代には、それは、ずいぶん立派なことに聞こえたんだと思う。
信仰では手に入らない、まっとうな世界の、お墨付き。
「受かったら、見せてね」
ぼくは、湯呑みを片づけながら、答えた。
「はい。受かったら」
軽く流したつもりだった。
でも、そのとき、胸の中で、小さな何かが動いた。
受けてみよう、と気まぐれに思った。
看板を出さない男が、国家に名前を登録する。
似合わないし、矛盾している。
ぼくがいちばん、そう思っている。
自嘲気味に、短く笑ってしまう。
それでも受けようと思ったのは、祖母に、もう一度、ちゃんとした仕事だ、と言わせてやりたかっただったのかもしれない。
国のお墨付きみたいな物がついた名刺を、あの仏壇の引き出しに、もう一枚、入れてやりたかった。
近所の人に、また見せてほしかった。
うちの孫は、国家資格を持っているの、と。
その約束が、祖母とのあいだにできたことを、ぼくは、少し嬉しく思った。
何十年も、本当のことを一つも言えなかったこの人と、久しぶりにできた、ささやかな、こちら側の約束だった。
手ぶらで別れなくてすむ。
そう思うと、めんどくさい試験も、悪くない気がした。
帰りの電車で、ぼくは、まだ決まってもいない受験の勉強のことを、少し考えた。
十五年やってきたことだ。
今さら本を読むこともないだろう。
そう思いながら、ぼくは、自分がずいぶんと久しぶりに、先のことを楽しみにしている、と気づいた。
楽しみにする、なんて、いつ以来だろう。
けれど、その浮かれた気持ちは、ぼくが思っていたよりも短かくおわった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




