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燃えカスの守り人  作者: K3/KASANE
三人がかりで、運ばれた

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第4話 頼まれない


 神宝町は、道が細い。


 現場で何度か来たことがある。


 トラックが表につけられなくて、荷物を担いで歩く距離が長い町。


 おれにとっては、そういう町だった。


 日が沈みかける時間に、教わったビルの前に立った。


 レンガのビルだ。


 十階建て。


 古いが、手が入っている。


 壁の目地が新しい。


 入口の集合ポストに、会社の名前が並んでいた。


 古本屋、文具屋、調査事務所。


 いちばん上に、片仮名で「ジオン・コーポレーション」とあった。


 エレベーターは、あった。


 乗る前に、中の奥行きを見た。


 冷蔵庫は、立てたままでは入らない。


 癖で、そういうことを先に見る。


 十階で降りると、突き当たりに木の扉が一枚あった。


 ノックすると、中から声がした。


「あいてますよー」


 中は、本だらけだった。


 棚に入りきらない分が、床に積んである。


 腰の高さの塔が、いくつも立っていた。


 段ボールにして二十箱。


 数えてから、数えたことに気がついた。


 その奥に、男が一人、座っていた。


 白い。


 最初に思ったのは、それだった。


 血の気がない、というのとも違う。


 燃やしたあとの紙みたいな白さだ。


 痩せていて、アロハシャツを着ていて、目を閉じている。


「岩城さん、ですねー」


 目を閉じたまま、男は言った。


「はい」


「あー、どうも。ジオンです。電話、もらってますー。すわってくださいー」


 勧められた椅子に座る。


 おれが座ると、椅子はたいてい鳴る。


 この椅子は鳴らなかった。


 麦茶が出た。


「話は、ざっくり、聞いてますー。引っ越し屋さんで、力持ちで」


「前の話です」


「んー?」


「辞めたんで」


「あー、はい、はい」


 男は、たいして聞いていないふうに頷いた。


「で、仕事なんですけどねー」


 おれは少し前に出た。


 ビルの管理会社だというのは、ポストを見て見当がついていた。


 搬入か、撤去か、倉庫の整理か。


 十階建てなら、力仕事はいくらでもある。


「何を運べばいいですか」


「運ばない、ですねー」


「……はい?」


「運ぶのは、そのうち、あるかも、しれませんけどー。とりあえず、週に何日か、来てもらって。ビルの、こまごましたこと、ですねー」


「こまごま」


「電球とか。立て看板の位置直しとか。……あと、住人の話し相手、とかー」


 男は、そこで一度、言葉を切った。


「ぼく、ね、あんまり動けないんですよー。だから、人手ー」


 最後のは、仕事なのか。


「あの」


「はいー」


「おれ、そういうのじゃなくて。力仕事ならできます。そこの本棚も、一人で動かせますけど」


「でしょうねー」


 男は麦茶を一口飲んだ。


「でも、頼まないですよー」


「なんでですか」


「んー。……めんどくせぇ、から?」


 どういう理屈だ。


 言葉を探して、出てきたのは、履歴書みたいな一文だった。


「おれ、重いもの持つくらいしか、できないんですけど」


 男は、湯呑みを置いた。


「それ、誰が言ったんですかー」


「は?」


「持つくらいしか、できない、って。誰が、岩城さんに、言いました?」


 思い出そうとした。


 班長ではない。


 所長でもない。


 母でもない。


 日野でもない。


 誰の顔も、出てこなかった。


「……誰も」


「ですよねー」


 男はそれだけ言って、あとは伸びをした。


「じゃ、あしたから。暑い日は、日が落ちてからで、いいですよー」


「……それ、聞いてるんですか」


「んー? 何をですかー」


 男は目を閉じたまま、麦茶のお代わりを注いでいた。


 帰りのエレベーターで、おれはもう一度、箱の奥行きを見た。


 冷蔵庫は入らない。


 入らないままでいい箱が、世の中にはあるらしかった。


 給料の話を聞き忘れたことに、駅で気がついた。


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