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燃えカスの守り人  作者: K3/KASANE
最後の給与明細

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第2話 給料がゼロの人

支給額ゼロ。


 翌朝、美紀はいちばんに事務所へ入った。


 昨夜の二十枚目は、机の端に、文字を伏せて置いてある。


 夜の見間違いであってほしかった。


 朝の光の下で、もう一度めくった。


 佐藤士恩。


 三百六十五日。


 支給額、〇円。


 何ひとつ変わっていない。


 それどころか、印字は昨夜よりくっきりと濃く、確かなものに見えた。


 眠れない夜を越えて、その一枚だけが、机の上で妙に落ち着き払っている。


 社員名簿、退職者台帳、取引先一覧。


 美紀は、名前のありそうな場所を順に調べた。


 二〇〇八年に半年だけ勤めた佐藤は、下の名が違う。


 給与ソフトにも、佐藤士恩という登録はなかった。


 倉庫から古い台帳まで運び出した。


 紙を繰るたび、指先が黒くなる。


 それでも、その四文字はどこにもなかった。


 設定も正しい。


 印刷対象も十九名。


 正しい数字の先に、正しくない一枚だけが残った。


 もう一度、印刷してみた。


 印刷対象は十九名のまま、ボタンを押す。


 プリンターは、また二十枚を吐いた。


 同じ位置に、同じ名前。


 だが、一か所だけ、昨夜と違っていた。


 勤務日数、三百六十六日。


 一日、増えている。


 誰も出勤していない、昨夜のあいだに。


 美紀は椅子に浅く腰かけたまま、しばらく動けなかった。


 増えるはずのないものが、増える。


 それは、恐ろしいというより、算盤の合わない帳簿を突きつけられた不快さに近い。


 数字は、正しい理由があって動くものだ。


 出勤したから、日数が増える。


 働いたから、金額が変わる。


 理由のない増え方を、彼女の指は、どうしても許せない。


 金額の欄を、あらためて目でたどった。


 基本給には数字があるのに、そこから先で、すべてが差し引かれて消えている。


 控除の内訳が、細かい活字で並んでいる。


 ふつうなら健康保険料や所得税や住民税が入る場所だ。


 毎月、一円まで合わせてきた場所だ。


 ところが、そこに刷られていたのは、見慣れない項目ばかりだった。


 相談料。


 交通費。


 立替金。


 どれも、支出の側にある。


 この人がどこかで受け取ったはずの金は、そっくり同じ額だけ、控除として消えていく。


 人のために動いて、かかった費用を全部自分の持ち出しにして、手元に残るのは、ゼロ。


 働いた記録だけが、日ごとに一日ずつ積み上がっていく。


 ――誰かのために動いて、費用を全部自分で払って、給料はゼロ。


 頼まれれば断らず、立て替えた小銭を請求しそびれ、自分の残業だけ申告しない。


 美紀にも覚えがあった。


 だが、それを三百六十六日も続ける人間が、本当にいるのだろうか。


 紙をシュレッダーへ入れれば、終わる。


 美紀は投入口まで持っていき、戻した。


 説明のつかない数字を、説明のつかないまま消すことはできなかった。


 明細のいちばん下に、住所の欄があった。


 会社の所在地が入るはずの場所だ。


 だがそこに刷られていたのは、山辺製作所の住所ではなかった。


 神宝町。


 隣の町だ。


 古い煉瓦造りの、雑居ビル。


 番地の下に、十階、とある。


 美紀はその住所を、手帳に書き写した。


 書きながら、指先が少し冷えているのに気づいた。


 事務所の暖房は、ちゃんと入っている。


 寒いはずはなかった。


 この男は、いったいどこで働いているのだろう。


 何をして、どんな人たちのために身を削って、そのくせ、なぜ、一年ものあいだ、一円も受け取っていないのだろう。

明細の隅の住所( 一一)

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