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燃えカスの守り人  作者: K3/KASANE
午前四時の、家族

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第5話「一日だけ」

時間ができた時にも随時更新します!


ぜひお楽しみに!


それでは、本編をお楽しみください。


 次の日曜、うちに、何人かの人が来た。


 慈恩さん。あの人は、そういう名前らしかった。それから、二人の大人。


 一人は、六十代くらいの、やわらかい感じの女の人だった。大原さん、と名乗った。紺のカーディガンに、真珠のブローチ。もう一人は、まだ若い、二十代半ばくらいの人。きちんとしたスーツを着て、青木です、と、名刺をくれた。


 青木さんが、書類を、テーブルに並べた。


 「こちら、お父さまが使える制度を、まとめてきました。訪問介護に、通所リハビリ、それから配食サービス。緊急のときの、通報装置もあります。あとは、障害年金と、生活費の見直し。紗季さんの、進学のための奨学金も、いくつか」


 てきぱきとした声だった。お父さんは、その書類を、見ようともしなかった。


 奨学金、という言葉に、わたしの目が、止まった。書類のなかで、たった一行だけ、わたしのために、書かれた行だった。お父さんのための、紙の山のなかに、わたしの名前が、まぎれている。それを見つけたとき、なぜだか、泣きそうになった。だれかが、わたしのことも、考えてくれた。ただ、それだけのことなのに。


 「金の問題じゃない」


 お父さんは、そっぽを向いたまま言った。


 「他人に、身体をさわられたくない。家に、知らない人間を入れるつもりもない」


 慈恩さんは、説きふせようとは、しなかった。かわりに、のんびりと言った。


 「じゃあ、一日だけ。紗季さんを、お休みさせましょうかぁ」


     ◇


 お父さんの顔色が、変わった。


 「紗季は、いやがってない」


 声が、大きくなる。


 「家族を、引き離して、何が支援だ。お前らは、俺を、施設に捨てたいだけだろう」


 わたしは、お父さんを見た。怒っているんじゃない。こわがっているんだと、わかった。わたしが出ていったら、お父さんは、一人になる。


 耳のうしろで、お母さんの声も、重なった。


 「お父さんを、捨てるの?」


 「私と、同じことを、するの?」


 わたしは、やっぱり行けません、と、言いかけた。


     ◇


 でも、慈恩さんは、わたしの前に立ちふさがらなかった。反対に、玄関の戸を、すっと開けた。


 「帰ってもいいですよぉ」


 わたしは、お父さんのほうへ、戻ろうとした。


 慈恩さんが、聞いた。


 「紗季さんが、帰りたいんですか?」


 「……お父さんが、困るから」


 「それは、帰りたい、ですか?」


 「……家族、だから」


 「それも、帰りたい、では、ないですねぇ」


 わたしは、言葉を、なくした。


 慈恩さんは、最後に、こう聞いた。


 「お母さんに怒られなかったら……紗季さんは、どうしたいです?」


 耳のうしろで、お母さんの声がした。


 「帰りなさい」


 いつもなら、その声に、従っていた。


 でも、わたしは、はじめて、動かなかった。玄関を出て、大原さんの車に、乗った。


 シートに、もたれる。膝の上で、両手を、ぎゅっと、にぎっていた。ゆるめようとしても、指が、ゆるまなかった。はじめて逆らった身体は、まだ、こわがっていた。


 大原さんが、静かに言った。


 「お父さんのことは、心配せんでええよ。ちゃんと、人がついてる。今日は、紗季ちゃんの日や」


     ◇


 車が動きだしてから、わたしは、何度も、うしろを振り返った。うちの窓の明かりが、だんだん、小さくなっていく。


 お父さんは、大丈夫だろうか。支援員さんの手を、振りはらってやしないだろうか。心配ばかりが、浮かんでくる。心配していないと、いけない気がした。それが、わたしの役目だから。


 大原さんは、何も言わずに、運転していた。ときどき、大丈夫、というように、うなずいてくれる。その横顔に、なぜだか、少しだけ、泣きたくなった。


     ◇


 大原さんの家で、夕ごはんが出てきた。


 わたしが、作ったものじゃない。あたたかいごはんが、ただ、目の前に、置かれている。


 食べ終わっても、洗い物は、しなくてよかった。洗濯物も、ない。薬の時間を、確かめる必要もない。


 わたしは、何をすればいいのか、分からなくなった。手が、宙を、さまよう。こんなに、何もしなくていい時間が、こわいくらいだった。


 いつもなら、この時間、わたしは、洗い物をして、お父さんのお風呂の支度をして、明日の準備を、している。手を動かしていないと、落ちつかない。何かをしていないと、自分が、ここにいる理由が、なくなる気がした。何もしていないわたしは、ただの、十六歳だった。それが、こわかった。


 午後十一時。大原さんが、布団を敷いてくれた。


 そして、午前四時。


 目覚ましのない部屋で、わたしは、目を覚ました。誰も、起こしていない。なのに、身体が、勝手に、その時刻に、目を開けた。半年のあいだに、午前四時は、わたしの身体に、しみついてしまっていた。


 お母さんの声がした。


 「帰ってきなさい」


 わたしは、立ち上がって、玄関へ、向かっていた。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


notoやってます。

マガジンお仕事物

https://note.com/happy_duck8972/m/m87f735c2539e


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