第1話「かぞえて、ねむって」
壕の中の、ひと晩だけの話です。
「百まで数えたら、朝ですよ」。
ごうのなかは、ひとで、いっぱいだった。
つちのかべと、つちのてんじょうの、ひろい、ひろい、あなだ。
ちいさいでんとうが、ぽつん、ぽつんと、ついている。
しってるかおが、たくさん、いた。
火ばちのおじさんも、いた。
おじさんは、ぼくを見て、おう、といった。
こんなときでも、おう、なんだ、と、おもった。
すこし、あんしんした。
ねえちゃんは、ぼくの手を、にぎったままだった。
にいちゃんは、おばあちゃんのよこに、ぴったり、くっついていた。
おかあさんは、ぼくのはんたいがわの手を、にぎっていた。
そとの、ごうごうは、かべのむこうで、ずっと、なっていた。
とおくで、うんどうかいのおうえんみたいな、こえもしていた。
うんどうかいじゃないことは、ぼくにも、わかった。
*
だれかが、いった。
「壁が、あったかいね」
ふゆなのに、へんだね、と、いった。
だれも、わらわなかった。
いきをすうと、くちのなかが、あまいあじがした。
あまいのに、ぜんぜん、おいしくなかった。
*
ちいさいこが、なきだした。
ぼくより、ちいさいこだ。
おかあさんが、みんなにきこえるこえで、いった。
「百まで数えましょう。数え終わったら、朝ですよ」
ごうのなかの、みんなが、かぞえだした。
「いち、に、さん」
じゅうまでは、おおきなこえだった。
にじゅうで、ちいさいこの、なきごえが、やんだ。
さんじゅうで、こえのかずが、へった。
ぼくは、ねむかった。
ねむいのは、いいことだと、おもった。
ねれば、あさが、くるからだ。
よんじゅうで、おばあちゃんのこえが、きこえなくなった。
ねたんだと、おもった。
おばあちゃんは、うちのなかで、いちばんはやくおきるひとだから、いちばんはやく、ねるんだ。
ごじゅうまで、にいちゃんは、おおきなこえだった。
にいちゃんのこえは、ろくじゅうのとちゅうで、ふっと、きえた。
ななじゅうで、ねえちゃんの手が、かるくなった。
にぎってるのに、かるいって、へんだ。
おかあさんの手だけが、まだ、ぼくの手を、にぎっていた。
*
おかあさんの、ては、だんだん、つめたくなった。
ぼくのてが、あつくなったのかと、おもった。
はちじゅういち。
はちじゅうに。
はちじゅうさん。
はちじゅうさん、まで、かぞえた。
つづきが、おもいだせない。
*
目が、さめた。
まっくらだった。
でんとうが、きえたんだと、おもった。
「おかあさん」
へんじが、なかった。
「ねえちゃん。にいちゃん」
へんじが、なかった。
でも、みんな、いる。
いるのは、わかる。
まっくらなのに、ひとのかたちが、たくさんあるのが、わかる。
へんなの。
目じゃないところで、見てるみたいだ。
ぼくの手のなかに、ねえちゃんの手の、かたちだけが、のこっていた。
にぎられていた、かたちだ。
ぼくは、そのかたちを、こわさないように、そっと、にぎっておいた。
あしたは、おんどくのばんだ。
いちばんじょうずによむって、おかあさんと、やくそくした。
でも、あしたが、どっちからくるのか、わからなかった。
*
どのくらいたったのか、わからない。
ぼくは、ごはんのかずで、かぞえることにした。
ごはんがくれば、いちにちだ。
ごはんは、こなかった。
ずっと、こなかった。
だから、いちにちもたっていないのかもしれないし、ひゃくにちも、たったのかもしれない。
まわりで、みんなのこえが、していた。
あついよう、という、こえ。
かえりたい、という、こえ。
あけて、あけて、という、こえ。
そのこえが、すこしずつ、まざっていく。
ひとりずつのこえじゃなくて、ひとつの、おおきなこえに、なっていく。
おおきなこえは、ひくくて、つちのそこから、なってるみたいだった。
ぼくも、そっちに、ひっぱられる。
ゆびのさきから、まざりそうになる。
ぼくは、ねえちゃんの手のかたちを、にぎりなおした。
ぼくは、ぼくで、いたい。
まざったら、おんどくが、できなくなる。
だれかが、ぼくのなまえを、よんでくれたらいいのに、と、おもった。
よばれないなまえは、こおりみたいに、ちいさくなる。
ちいさくなって、ちいさくなって——
あるとき、ぼくは、じぶんのなまえを、おもいだせなくなっていた。
*
うえのほうから、おとがした。
とん、とん、と。
つちを、ほるおとだ。
ぼくは、まっくらのなかで、うえを見あげた。
みつけて。
みつけて。
そのおまじないだけを、たよりに。




