第0話「ふつうの、まいにち」
※太平洋戦争末期の、東京の空襲を、六歳の子供の視点で描きます。
直接的な描写はありませんが、題材の性質上、つらい場面が続きます。
昭和二十年三月九日〜十日・東京。視点=六歳(国民学校一年生)の「ぼく」。
家族構成=おかあさん・おばあちゃん・少し上の姉・十歳の兄・ぼく。
おかあさんが、ぼくを、よんだ。
あさの、こえだ。
あさのこえは、まいにち、おんなじたかさで、うちのなかを、とんでくる。
ぼくは、こくみんがっこうの、いちねんせいだ。
ろくさいだ。
うちは、ほんの町の、すぐそばにある。
ふとんから出ると、はなのさきが、つんとした。
三月なのに、そとは、まだ、ふゆのにおいがする。
どまのほうから、けむりのにおいがした。
おばあちゃんが、かまどの前に、しゃがんでいる。
おばあちゃんは、うちのなかで、いちばんはやく、おきるひとだ。
かまどの火のばんは、おばあちゃんのしごとで、けむりのにおいは、おばあちゃんのにおいだ。
「おはよう」
「はい、おはようさん」
あさごはんは、おかゆだった。
おこめより、だいこんのほうが、たくさんはいってる。
にいちゃんが、おわんのなかを、はしでゆっくりかきまわして、いった。
「うずしおだ」
にいちゃんは、じっさいの、うみを見たことがある。
だから、うみのはなしをするとき、ちょっと、いばる。
ねえちゃんが、じぶんのおわんを、のぞきこんだ。
「わたしのは、ただの、おかゆ」
みんなが、わらった。
おかあさんが、のこさずたべなさい、といった。
のこすわけが、ない。
*
がっこうへは、ねえちゃんと、手をつないでいく。
ねえちゃんは、ふたつ上で、手をつなぐのを、めんどうがらない。
うちから、がっこうまでのあいだに、ほんやが、ずうっと、ならんでいる。
となりの町まで、ずうっとだ。
ほんの町、と、みんながよぶ。
ふるほんやのおじさんは、店のおくで、いつも、ちいさい火ばちに、あたっている。
まえをとおると、かおも上げないで、おう、という。
きょう、がっこうで、あしたの、おんどくのじゅんばんが、きまった。
あしたは、ぼくの、ばんだ。
こくごのほんの、いちばんすきな、おはなしのところだ。
かえりみち、にいちゃんが、ふるほんやの店さきで、ぐんかんの本を、立ちよみしていた。
おじさんが、かわないなら、さわるな、といいながら、ページのひらきかたを、おしえていた。
おじさんの、いうことと、やってることは、いつも、はんたいだ。
*
ひるすぎ、えんがわに、日なたが、たまっていた。
えんがわの日なたは、ふゆのあいだの、うちのたからものだ。
ねえちゃんと、あやとりをした。
ぼくは、ほうきしか、つくれない。
ねえちゃんは、はしごも、かわも、つくれる。
おばあちゃんが、ざしきで、ぬいものをしていたから、かたたたきをした。
とん、とん、と、たたく。
「上手だねえ」
おばあちゃんは、なんかいたたいても、じょうずだねえ、という。
ざしきのすみの、たんすのうえに、ぶつだんがある。
おばあちゃんは、あさとゆうがた、そこに手をあわせる。
ぼくも、まねをして、あわせる。
なにをいえばいいか、しらないから、こころのなかで、こんにちは、といっている。
*
ばんごはんは、すいとんだった。
すいとんの日は、うれしい。
おつゆのなかで、すいとんが、ゆらゆらしている。
にいちゃんが、じぶんのすいとんを、はしでつついて、いった。
「ぐんかんだ」
「さっきは、うずしおだったのに」
ねえちゃんがいうと、にいちゃんは、うみのものは、ぜんぶ、なかまなんだ、と、いばった。
おばあちゃんが、わらいながら、じぶんのおわんから、すいとんをひとつ、ぼくのおわんに、うつした。
だまって、うつした。
ぼくも、だまって、たべた。
あったかいものが、おなかのそこまで、おちていった。
ごはんのあと、おかあさんに、おんどくを、きいてもらった。
いちばんすきな、おはなしのところを、ゆっくり、よんだ。
つっかえたのは、にかいだけだった。
「あしたは、いちばん、じょうずに、よめるよ」
おかあさんは、そうね、あしたが、たのしみね、といった。
*
よるになって、かぜが、つよくなった。
と、いうより、かぜが、おこりだした。
雨戸が、がたがたいって、家ぜんたいが、みしみしいう。
でんきには、くろいきれが、かぶせてある。
よるのあかりは、くらくしなさい、と、きまっているからだ。
だから、うちのなかは、よるになると、どうくつみたいになる。
となりのおじさんの、こえがきこえた。
「こんな風の晩は、敵さんも来やしないよ」
おとなのこえは、かべをとおると、はんぶん、ねむそうにきこえる。
まくらもとに、ぼうくうずきんを、おいた。
おかあさんが、ぬってくれた、ずきんだ。
なかに、わたが、はいっている。
かぶると、みみのよこが、ふわっとして、せかいで、いちばん、あったかいぼうしだと、おもう。
ふとんは、みんなで、川の字だ。
おばあちゃんが、ももたろうを、はなしてくれた。
ももたろうが、きびだんごを、くばりだしたところまでは、おぼえている。
そのさきは、ねむってしまって、しらない。
*
サイレンで、目がさめた。
けいほうだ。
けいほうは、ともだちみたいに、よくくる。
だから、こわくない。
ぼくは、ねぼけたままでも、じゅんばんが、いえる。
ずきんを、かぶる。
すいとうを、かける。
げたを、はく。
おかあさんが、ぼくのずきんのひもを、あごの下で、きゅっと、むすびなおした。
そとに出て、ぼくは、たちどまった。
そらが、みどりいろの、はなびに、なっていた。
よぞらのたかいところで、みどりと、きいろのひかりが、ゆっくり、ひらいていく。
きれいだ、と、おもった。
それから、おかあさんの、かおを見あげた。
おかあさんは、みたことのない、かおをしていた。
とおくのそらが、あかかった。
かぜが、ごうごう、いっていた。
いつものかぜの音じゃなくて、じめんのそこから、なってるみたいな、ごうごうだった。
てんぷらのにおいが、した。
くみちょうさんが、どなっていた。
「壕へ! 壕へ入れ!」
となりのおじさんが、はんたいのほうを、ゆびさして、どなった。
「川だ! 風上へ逃げろ!」
おとなが、どなりあうのを、ぼくは、はじめて見た。
おかあさんは、おばあちゃんの手を、にぎった。
それから、いった。
「壕へ、行きます」
おばあちゃんの足では、川まで、はしれない。
それに、おかあさんは、きまりを、まもるひとだ。
にいちゃんが、おばあちゃんの、あいてる手をとった。
ねえちゃんが、ぼくの手を、とった。
はしった。
ほんやのまえを、はしった。
火ばちのおじさんの店は、雨戸がしまっていて、まっくらだった。
かぜが、うしろから、おしてくる。
あついかぜだった。
ふゆのかぜなのに、あつかった。
ほんの町のちかくの、おおきなごうの入りぐちに、ひとが、ならんでいた。
じめんの下へ、かいだんが、つづいている。
つちと、ひとの、においがした。
ねえちゃんが、ぼくのなまえを、よんだ。
はやく、という、いみだった。
ぼくは、かいだんを、おりた。
うしろで、てつのとびらが、おもたい音をたてて、しまった。
そとの、ごうごうが、とおくなった。
おかあさんが、ぼくのあたまに、手をおいて、いった。
「これで、安心だね」
ぼくは、ぼうくうずきんを、りょう手で、ぎゅっと、かぶりなおした。
せかいで、いちばん、あったかいぼうしだ。
だいじょうぶだ。
(第0話 おわり)
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## あとがき
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
なんでもない一日ほど、あとになって、まぶしく見えるものはありません。
この子の「だいじょうぶ」が、このあとどこへ向かうのか。よければ次の話で、見届けてください。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
なんでもない一日ほど、あとになって、まぶしく見えるものはありません。
この子の「だいじょうぶ」が、このあとどこへ向かうのか。
よければ次の話で、見届けてください。




