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アリアドネの指先  作者: 藤井寺市絵
正解の代償
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仲間の背中

 黄金の自動織機『アリアドネ』が城に運び込まれたのは、それから三日後のことだった。

 巨大な鉄の箱が廊下を通るたび、石造りの床が不気味な地鳴りを立てる。リネットはその音を作業場の片隅で、胃を絞り上げるような思いで聞いていた。


 夕暮れ時、リネットは城の勝手口へと足を運んだ。

 そこには、小さな荷物を抱えた数名の女性たちが集まっていた。長年ローゼンタール家に仕えてきた、お針子たちだ。


「……マーサ」


 リネットの声に、列の最後にいた年配の女性が振り向いた。

 マーサ。リネットに針の持ち方を教え、彼女の突飛な最適化案をいつも笑って許してくれた。その穏やかな目尻の皺が、今はひどく深く、影を落としているように見えた。


「リネット。見送りに来てくれたのかい」


 マーサは寂しげに微笑んだ。その背後では、アリアドネを運び入れた業者たちが、誇らしげに黄金の紋章を磨き上げている。


「ごめんなさい……私、あんなことになるなんて……」


 リネットの言葉は、涙よりも先に喉に詰まった。

 自分がドレスを百分の一の雫で光らせたからだ。その「効率」が、十人のお針子の給金よりも価値があると、男爵の帳簿が証明してしまったから。


「謝るんじゃないよ。あんたは、ただ最善を尽くしただけだ」


 マーサはリネットの震える肩に手を置いた。その節くれだった指の感触が、リネットには何よりも痛かった。

「あんたの縫い方は、確かに凄かった。……凄すぎて、私たちの居場所まで焼き切っちまわないか、それだけが心配なんだよ。機械は文句も言わないし、お腹も空かせない。あんたが『正解』を出した瞬間に、私たちのこれまでの三十年は、ただの『高いコスト』になっちまったんだよ」


 マーサは怒っているわけではなかった。その声にあるのは、ただ抗いようのない時代の濁流を見つめる、静かな諦観だけだった。


「リネット、あんたは残るんだ。……でも、気をおつけ。自分の知恵で自分を追い詰めないようにね」


 マーサはそれだけ言うと、一度も振り返ることなく、沈みゆく夕陽の中へと歩き出した。

 彼女たちの細い背中が、城門の影に消えていく。


 リネットは一人、勝手口に立ち尽くしていた。

 城の奥からは、アリアドネが初めて駆動する、高らかで無機質な音が響く。


 リネットは自分の両手を見つめた。

 指先にはまだ、マーサの温もりが残っている。

 けれど、その指が握っているのは、もはや魔法を紡ぐ銀の針ではなく、黄金の機械を制御するための、冷たく重いレバーだった。


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