究極のパターン
黄金の自動織機アリアドネが置かれた工房は、リネットが愛した屋根裏部屋とは似ても似つかない場所だった。
冷たく白い壁。一定の温度に保たれた空気。そして、油の匂い。
そこにはもはや、布の手触りや糸のゆらぎを楽しむ余地など、どこにもなかった。
リネットは、機械の正面にある操作パネルに向き合っていた。
彼女の手元には、これまで自分が「銀の針」を通じて行ってきたすべての最適化を、数式と図形に解体した膨大な資料がある。
「……これを入力すれば、終わる」
リネットは、自分自身の指先の記憶を言葉に置き換えていく。
エルザの左足への重心移動は〇・三秒。旋回時のドレスの裾の跳ね上がりを抑えるには、腰元に二ミリのゆとりを持たせ、魔力を〇・五%集中させる――。
身体に染み付いた「ゆらぎ」の感覚が、冷徹な数字へと変換され、アリアドネの深部へと飲み込まれていく。
(私は今、私を作っている)
それは、自らの魂を切り売りして無機質な歯車に移植するような、酷く静かな冒涜だった。
キーを叩くたび、モニターに映し出される幾何学模様が、より複雑に、より洗練された形へと整えられていく。
完成直前、リネットの胸に不意に熱い高揚が走った。
モニター上のロジックは、ため息が出るほどに美しかった。自分が一生をかけて磨き上げてきた『リネット縫い』の全貌が、一分の隙もない純粋な「真理」としてそこに結晶していたからだ。職人として、これほどまでに完璧な「答え」に辿り着けたことへの、抗いがたい歓喜。
「完成だわ」
だが、最後の一行を書き終えた瞬間、その熱は急速に冷え切った。
アリアドネはリネットの歓喜を理解することもなく、ただ入力された「正解」を淡々と処理し、エラーのない完璧な縫製プログラムとして固定した。
もはや、針を持つ必要はない。
アリアドネはこれから、リネットが数日かけていた調整を瞬時に、そしてリネット本人がいなくても、世界中の誰が操作しても同じ「最高」の結果として実行し続けるだろう。
リネットは自分の手を見た。
針を押し込むための硬いタコも、無数の針の痕も、この完璧なデータの前では、単なる「非効率なエラーの蓄積」にしか見えなかった。
もはやリネットが何を考え、何を祈っていても関係はなかった。
機械が規則正しく吐き出す排熱の音が、リネットを弔うように、工房に響き続けていた。




