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アリアドネの指先  作者: 藤井寺市絵
銀の針を土に
13/15

完璧な舞踏会

 王宮の大舞踏会場は、冬の澄んだ空気さえも焼き尽くすほどの、まばゆい光に満たされていた。

 数千、数万の『星の雫』を惜しみなく消費する上層貴族たちのドレスが競い合う中、その中心で、ひときわ異質で、冷徹なまでの輝きを放つ一人の少女がいた。


 エルザ・ローゼンタール。

 彼女が纏うのは、もはや『星の雫』を必要としない、究極の自律発光ドレスだ。リネットがアリアドネに刻み込んだプログラムは、エルザの微かな身じろぎさえもエネルギーに変え、寸分の狂いもなく増幅し、銀色のオーラとして周囲に放射している。


 リネットは、会場の二階にある薄暗いバルコニーの隅から、その光景を見下ろしていた。

 一階の喧騒は、厚い魔法の障壁に隔てられたかのように遠く、リネットの耳には届かない。


「……きれい」


 リネットの口から、乾いた言葉が漏れた。

 それは、純粋な賞賛というよりも、自ら作り上げた精密機械の稼働を確認するような、無機質な響きを帯びていた。

 王太子と踊るエルザの動きは、確かに優雅だった。けれど、その優雅さは、リネットが数式として記述した重心移動の軌跡そのものだった。エルザの呼吸に合わせた「ゆらぎ」も、感情の昂ぶりによる「瞬き」も、すべてはアリアドネがノイズとして排除し、完璧な平均値へと矯正してしまっている。


 喝采が、地鳴りのように響く。

「あれこそが真の美だ」「完璧な均衡、一点の無駄もない光」

 人々の賞賛は、かつての「バラ」に向けられたものではなく、その背後にある圧倒的な「正解」に向けられていた。


 一曲が終わる。

 エルザが王太子の腕の中で、プログラム通りの、一点の揺れもない微笑みを浮かべた。その瞳はまばゆい光に焼かれ、リネットが立っている暗いバルコニーなど、もはや視界に入っていないようだった。

 リネットは、自分の指先をそっと重ね合わせた。

 かつて感じた、針を刺す時の痛み。布越しに伝わってきた、エルザの震える鼓動。

 それらすべてが、今、会場を埋め尽くす「完璧」という名の冷たい光の中で、跡形もなく消え去ろうとしていた。


 リネットは背を向け、光溢れる会場を後にした。

 足元に伸びる自分の影だけが、静まり返っていた。


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