3章⑭
「あたし、さ」
「あ、はいっ」
はいなんでしょう聞いてます聞いてます別に変な事考えたりしてません大丈夫です。
「正直この身体、コンプレックスでもあるの」
「……はい」
すぐさま聞く姿勢をとる。真面目な話ですこれ絶対。だからバンくん。ふざけないように。
「だってやっぱり、人から色んな目で見られるからね。それに、あたしがこうして生まれた以上もうどうすることもできない」
「……」
「できるのは受け入れることだけ。どうするか選ぶのはそれから。だって、えっちしたいっていうのは抑えられないし、人からそういう目で見られるのも止められない」
「はい」
「まぁ、少なくともえっちするのは好きだと思うんだけどね。それに、この身体はそのためには結構便利だし。割とすぐえっちできるから。んふ。バンくんがそうだったようにね」
「へっ」
って当の本人がちょっとからかってきた!?
……とはいえまぁ、彼女の事だから空気を重くしすぎないようにという考えからだろう。やっぱり真面目に聞きます。
「でも、えっちするのが好きなのだって、あたしがサキュバスだからかもしれない。本当はもっと何か、好きなことがあるのかもしれない。この身体じゃなければね」
「あ~……」
実際続く内容は非常に重たい。確かにサキュバスという肉体は、自らの欲望を満たすためにはこれ以上ないモノだろう。とはいえその欲望が果たして自分のものなのか、それともカラダから来るものなのかは判然としない。これは、あるいは男の俺の性欲と一緒かも。もしかしたらね。果たして俺が女の子を好きなのか、男という肉体が女の子を好きなのかって分かりづらい。
あと、何よりこれまで性欲に振り回されてきた。彼女との付き合いにいろいろ手を変え品を変え対策し、それでも苦戦するくらいには。これさえ無ければもっと早く、こうして彼女と理解し合えたのかもしれないと思わないでもない。
「あと、テトラと一緒に居るためにも不便。これのせいで何回迷惑かけたことか。ま、気にしては無いんだろうけど。それでもあたしが納得できないこともあった。それと、やっぱり一緒に居ない方が良いんじゃないか、と思うことも」
「そんな」
「バンくんも違うって思うよね。でも、それでも完全にその考えを消せるわけじゃなかった」
「……」
そんな欲望が人間関係へ、時に甚大な影響を及ぼすのは容易く想像できる。ベアさんが「都合の良さ」を求めたのもそのせいだろう。というかむしろ、そうせざるを得なかった。でなければ自分の欲しいものと自分が満たさなければならないものをどちらも得ることはできなかったのだ。恐らくきっと。
であれば自らの肉体を、ひいては自らの存在自体を疎ましく思う事があっても頷ける。そしてだからこそ、彼女は絶対に自分を見捨てなかったテトラさんの事をあれほど強く想っているのではないだろうか。
「だから、まぁ他の亜人たちも他の何かで苦しんだりするんだろうけど、人一倍苦しんでる気がしてずっと嫌だった。不公平だって思ってた。っていうか、今でもちょっと思ってるかも」
「今でも」
「だって、シたくない相手からそういう風に見られることも多いからね。サキュバスってだけで。っていうかあたしの場合はもうちょっと複雑で、角とか尻尾が無いぶんちょっと見られ方違うし。なんなら言いがかりつけられることも多い。身体出すのが好きで、それで露出が多い恰好をしても誘ってるって思われたりね」
「っ……」
少し身につまされるような居心地の悪さが湧く。それは、例えばこれまで薄着の女の子にそう思ってしまった事が無いわけではないからだろう。しかし確かにそれが好みであるのならば、こちらに何か性的な目で見ることができる理由などあるはずもない気がする。
とはいえ欲望を煽られる方の身にもなってくれ、と仄かに思ってしまわないでもないが、だからといって彼女の考えを無視できるわけでは絶対に無い。だってこんなに苦しんでる。なら少なくとも、こちらが正しいと開き直るべきではない気がする。そうだ。彼女も彼女で性欲に振り回されている。
「あといきなり身体触られたりとかもあるんだよね。サキュバスって知られただけで。基本的に隠してるのはそういう理由。で、アレ、すっごく怖いの。どれだけあたしが強かろうとびっくりするし、何より気持ち悪い。しばらくそれが消えないから怖い」
「はい」
「だから、好きなようにさせてくれるバンくんにはすっごく感謝してるの。それで、ってわけじゃないんだけど、ちょっと気が抜けて、あんなこと言っちゃったんだと思う」
「なるほど」
果たして、彼女から性的な目を向けられることが、えっちにからかわれることが不快だったら一体どんな気持ちになっていたのだろうか。そうならないから良かったとはいえ、もしなったら恐ろしい。これまでの全てに嫌悪感を抱いたらなんてぞっとする。
それがサキュバスであるというだけで、あるいは女の子であるというだけの理由で無数に向けられていたら辛い事は簡単に想像できた。というか、辛いなんてもんじゃないかもしれないな。えっちなことが好きなら猶更矛盾を感じて。
「改めてごめんね」
「いえ、本当にもう大丈夫です」
「それと、ありがとう。あたしのこと受け入れてくれて」
「へ」
だからこそ、一体なぜ彼女がこれほど自分に対して恩を感じているのかがもう少し理解できた気がする。
そして、生まれが理不尽だと思うのも至極当然だと感じた。性が不快なのに、同時に大好きとか折り合いつけるのムズすぎる。というかきっと、今でもつけかねているのかもしれない。だからこそ苦しくて、でも全てが上手くいったことで気が緩みぽろっとあの言葉を言ったのかもしれない。だとしたら責められない。まぁもうこっちはそもそも何とも思ってないんだけどね。
「ま、えっちしたいだけかもしれないけど、ね?」
「あはは……」
そうして和やかな空気に帰ってくる。からかってくるベアさんの顔は、なんだかいつもより晴れやかに感じられた。確かにいたずらっぽいニヤりとした雰囲気もあるんだけど、えっちではない。どことなく深い所を見ているような気分になる。それが結構嬉しい。
「あの、もう一個いいですか?」
「ん。うん」
なので俺も、もう一歩踏み込んでもいいと思いました。この前の事で掘り返された傷を、さらけ出してもいいと。ここまで自分の事を話してくれた彼女になら。だって、ちょっと疲れてるだろうにすぐ真面目な表情になってくれたし。じっと目を見つめてきつつ、教えてほしいとでも言いたげな優しい笑顔に。
まぁ、これは言うのかなり怖いんだけどね。だってもし打ち明けて否定されたりしたら立ち直れない気がする。自分の特に弱い部分だから。
だけど、だからこそ知って欲しいと思った。だってもし打ち明けて受け入れてもらえたら、すごく嬉しいというかなんというか、もっと彼女を信頼できる?むしろ俺自身が何かすっきりできる?みたいな気がしたからだ。




