3章⑩
「……こっちです」
「うん。……あ、すいません。この人の事は気にしないでください。はい。大丈夫ですから。えっ?あ、いや、そういうんじゃなくて。ってあっ!待ってバンさん!」
現在、俺は犬みたいに地面へと鼻を近づけながら、いちいち立ち上がったりしゃがんだりが面倒なので四つん這いのまま路地を進んでいた。まさかホントに這って移動することになるなんて、聖女様に会いに行く時は思わなかったね。
……でも、あれ?これ、傍から見たらそういうプレイじゃない?しかも相手はテトラさんって周囲から見られない?い、いや、でもこれが効率良くて……。ご、ごめんなさいテトラさん。後で謝りますから。今は一刻を争うから、だからちょっとだけ我慢して俺に嗅覚強化の魔法をかけていてください。
しかしその甲斐あって、どんどんと猫ちゃんの匂いが濃くなっているのを感じていた。もうたぶんかなり近いぞ。
「テトラさん。たぶんもうちょっとです」
「……うん。頑張ってねバンさん。私の事は気にしなくていいから」
ちなみに彼女は少しずつ人の目がうざったくなってきたようで、やがて話しかけんなオーラを出し始めた。俺じゃなくて周囲にね。でも正直怖い。
っていうか、こういう時ツンとするんだな。思っていたより強気だ。想像だともっと申し訳なさそうにして、周りにペコペコするかと。こういう芯が強い?所はベアさんに似てるな。彼女から引っ張られるばっかりではないらしい。むしろこう見ると、引っ張るのはテトラさん側にも思える。
「はい……、なんかすいませ――」
「あっ!バンさん!あそこ!」
というところで、ずっと這いつくばってる俺の代わりに周囲を警戒していた彼女が大きな声を出す。ゆっくりと立ち上がりながら指し示された方向を見れば、そこには誰かの家の玄関、そのひさしでどうやら降りられなくなってしまったらしき、目的の三毛猫が居た。
「お、おぉっ……!よし。早速助けましょうか」
「うん。……あ、でも結構警戒心が強い子だからバンさんが行くと逃げちゃうかも。だから、その、ちょっと言いづらいんだけど――」
「へ?」
そして、その子を助けるために、正確にはその子を助けるテトラさんを助けるために、俺はせっかく立ち上がったのにまた四つん這いとなり、今度は彼女の足場になるのでした。人様の家の前で。いや、断じてそういう趣味じゃないんですよ皆さん。それにテトラさん。あなた今度はちょ~っと楽しんでたりしないですか?しないですよね?
「よし!捕まえた!」
「……はい」
「ふ~。まったく~。心配かけさせて。もういなくなったらダメだよ?」
「……あの」
「あっごめんバンさん」
なんてことがありつつも、猫ちゃんの救助はあっさり完了したようです。いや~よかったよかった。でも、早く降りてくださいね。
「ありがとうございました。バンさん」
「あ、い、いえ。お役に立てて良かったです」
というわけでつつがなく捜索を終えた後、「彼」は俺が大聖堂へ届けることになりました。聖女様から頼まれたのは俺だからね。
そして辿り着くとどうやらよっぽど気にしていたらしく、すぐさま彼女にお目通りすることとなった。すると開口一番に感謝の言葉をもらう。丁寧なお辞儀と一緒に。うわすごい。45度ぴったりだ。背筋も通っててめっちゃ綺麗。
「本当に助かりました。まさかわたくしのお話相手をしてくださると約束してくれたばかりか、急なお願いまで受けてくれるだなんて。あなたはまさしく、女神の使徒と呼ぶにふさわしい方ですね」
「へっ」
ってえっ。い、いやそんな。正直あのまま聖女様とお話しても気まずいだけとか思ったりもしたので、そんな感謝されるようなことじゃないですって!褒めすぎ褒めすぎ!しかもこの人女神教の信徒でしょ?そんな人から「女神の使徒」って本気で言われるなんて、どれだけ感謝されてるんだ?な、なんかむず痒いな。そわそわしちゃうぞ。
「はい。これで治療は終わりです」
「へ?」
「あぁ。もし驚かせてしまったのならごめんなさい。聖女の力とはこうして、手を触れさえすればその相手のあらゆる怪我や病気を一瞬で治せるというものでね」
なんて思ってる間に彼女が猫ちゃんへ手を伸ばし、そして治療は終わる。マジで一瞬だな!?エフェクトが無くてなんだかあの女神様の力っぽい雰囲気をびしばし感じます。
「というわけで、重ね重ね申し訳ないのですけど――」
「へ?」
さらに訪問も一瞬となりました。今回のお話する時間は次の休みへ延期し、次は聖ルチア孤児院へ向かいます。
「おにいちゃんありがとー!」
「えっ」
「わっ!ミケっ!」
「わわっ!」
「本当にありがとうございました。私共全員から感謝申し上げます。ほら、みんな、もう一回お兄さんにお礼言おうね」
「「「おにーさん!ありがとーございました!」」」
「あ、う、うん。ど、どうも?」
玄関先へ辿り着くや否や、またしても俺はめちゃくちゃ感謝されることになりましたとさ。どうやらテトラさんが気を利かせてくれたらしい。い、いやでもやっぱり恥ずかしいな。あと子供たちの純真無垢な視線が眩しい。そ、そんなすごい事してないでしょ俺?う、う~ん。やっぱりなんかむずむずするな。っていうか人からこんな感謝された事ってないから、どうすればいいか分からない。いや、悪い気はしないんだけどね?
「私からもありがとうバンさん。みんなすごくほっとしたみたい」
「あ、いえ。へへ。照れますね」
続けて近づいてきたテトラさんまでも感謝を告げてくる。こうなってくると段々俺はそれぐらいのことをしたのかと思えてくるぞ。ん~でもさぁ。やっぱり猫ちゃん探しただけでしょ?人の命とか救ったわけじゃないし、さぁ?
なので素直に受け取れずちょっとくさしてしまうが、そこで気づく。これはこれで失礼なんじゃないか?って。
「それで、なんだけど……」
「へ?」
というわけで俺は、時間が遅いこともあり夕飯まで頂くことになるのでした。せっかく用意してもらったんだし、感謝を受け取らない方が傷つけてしまうかもしれないということで。
「おにいちゃんこれあげる!」
「え?あ、ありがとね」
「あ!あたしも!」
「ぼくも!」
「あ、うん。ありがとう」
でも、どうやら子供たちが心を込めて手伝ったというシチューは、ごろごろとした野菜が何だか可愛らしくてお腹も心もいっぱいになった。あと普通にすごく美味しかった。大勢でご飯食べるっていうのも相まってか、殊更に。賑やかなの苦手だと思ってたけど、これはこれでって感じだ。たまにはいいね。
「ね!あそんであそんで~!」
「あ~はいはい……」
いやでも、まさか彼らと遊んであげることになるとは思わなかったぞ。すげぇ疲れた。まぁ、なんだかんだ無邪気な彼らに癒されたからいいけどね。いや、ほんといい経験したわ。




