3章⑥
「だから、何があっても守るために強くなりたいんだよね」
「……」
そうして、ともすればのんきですらあるほど湧き上がっていた心とは裏腹に、続く言葉はいきなりやたら真っすぐな色を帯びた。どこかを、恐らくここに居ないテトラさんを見つめているだろう彼女の赤い瞳には一切の嘘が無い。それどころかあまりにも強烈な感情が否応なく伝わってくる。それこそ「何があっても」とは、本当に、例え戦うのが自分より強い相手だろうが、守ったせいで世界がひっくり返ったりしようが、何より自らが犠牲になろうが構わないという覚悟を持って選ばれた語句であることが分かるほどに。
気圧されて何も言えなくなる。今まで見たことの無いひどく優しい顔つきだ。でも、なんだか少し恐ろしくもある。そう思うのは、俺が知る強い感情とはやはり愛憎で、これが憎しみに変わったらと考えてしまうからだろうか。もしくは、今後彼女を失うかもしれないという気がしたからだろうか。
「あ、ごめん。今のは忘れて忘れて!で、なんの話だったっけ?」
「あ、えっと、暇な時何してるのかな、っていうのは一応もう終わった話ですかね?」
一瞬のうちに話は戻る。空気も軽いものへと直される。さっきまでが嘘みたいだ。
でも、俺の心は確かに彼女の想いを記憶していた。というかあんなの忘れられるわけがない。それぐらい激しい感情に思えた。正直人が、純粋な好意でここまで強く強く誰かを想えるなんてあんまり考えてなかったな。前世の経験で怒りや憎しみがすごく強いとは知ってたけど。
でも、そんな意外と言っていい姿を見せてくれた彼女の事がもっと知りたくなった。だってやっぱり誰かをそんなに想える彼女こそ好きな気がするから。あと、ちょっとそんな想いを支えられたらいいなとかも。
「あ~そうだったそうだった。いちおもっかい考えてみるね?う~ん……でもマジであんまり思い浮かばないかも。改めて考えると、あたしって意外とつまんない人間かもね?」
「え、いや、そんなことはないでしょ」
「そう?」
「少なくとも俺にとっては、お、面白い人、だと思います、よ?」
そう思った途端ちょっと悲しそうにしたからフォローしたのに!途中でなんか口説くみたいだって気づいて言葉詰まっちゃった!ってか普通にこんなえっち大魔神つまんない人間なわけないって咄嗟に出ただけなのに!恥ずかしっ。
「ふ~ん……。えっちな意味じゃなくて?」
「ち、違いますよっ!」
「ほ~っ……」
お?でもなんか反応は良い。ニヤニヤした顔になった。いやまぁ十中八九俺をからかおうとか考えてるんだろうけど、とはいえ楽しそうになって嬉しいです。いいよ!それなら俺の事全然弄ってください!
あもちろんそういう意味じゃないですよ。好きな人が俺によって嬉しそうで嬉しいってだけね。いやまぁ、俺にそういうフシがあるのは否定しないけどさ。だって、いつも下だし。
「な、なんですかその顔」
「いや、バンくんも言うようになったなぁ~って思ってさ」
「俺の事舐めてますね?」
「んふ。うん」
「うんって」
「だって、いつもた~っくさんペロペロしてあげてるし。んぇ」
「べ、ベロしまってください。あと舐めてるってそういうことじゃないです」
そして案の定ベアさんはまた俺をからかってくる。アレを想起させながら鮮やかなピンク色の舌を出し、見せつけてくる。普通の人よりそこそこ長いそれを。しかも普通の人よりたぶんうねうねと器用に動くそれを。当然色々思い出されてくる……って。
俺、ベアさんとの思い出えっちなのばっかりじゃないか!?いやまぁこれまでそういうことばっかりしたから仕方ないかもしれないんだけどさ!でもやだ!なんかやだ!不潔よバンくん!もっとえっちじゃない思い出作っていこうね!?
とはいえ、誘惑されてるからそういうこと思い出すのは普通かもしれないんだけどね。だから決して俺がエロだけで彼女と関わっているわけではないから!
「ん。でもさ、どういう所が面白いと思うの?」
「いやだって、こんなに色々知ってる人あんまり居ないですよ多分」
「へ?色々って、でも全部戦いの知識とか技術だよ?」
「でもそれって面白みなんじゃないですか?何も趣味があるってことだけが人の面白みじゃない、んじゃない、ですかね?たぶんだけど」
やがて飽きたのか話を続けてくる彼女に真っすぐ返答する。でもまた口説くみたいになっちゃったです。う~ん照れちゃうな。こういうこと全く恥ずかしがったりせず言えた方がいい気はするんだけど、やっぱりなんか照れくさい。好きだって雰囲気が滲みすぎちゃうからかな。あとはそもそも好きだからこういう考えが出てきてる可能性もあるしな。てなると流石に照れるかも。
いや、でも良いことだよね?オーリーが言ってた良くない告白と同じ感じになってなければいいんだけど。あ、ただこれって恋愛的すぎないし結構良いんじゃないか?人としてって感じ強いし。
あと、実際これは本当に思ってることだ。お世辞とかじゃなく。というか、お世辞とか言えるほど器用じゃないし。俺。
「あはは。たぶんなんだ」
「まぁ、俺がそう思うってだけなんで」
というか……さっきからなんか和やかに話続いてない?彼女への興味そのままに聞いてみたけど、どうやらそれがいいっぽいかも。するする話題が出てくる。あと普通に楽しい。え、人とこういう会話するのって楽しかったんだ。
これも前世じゃあんまり知らなかったことだ。だってそもそも話し相手が居なかった。言葉を交わすとしても生活に関する業務みたいなことか、怒りをぶつける場合ばっかり見てたから良い思い出も無かった。
特に前者と比べた場合のみに関しては必要性って殆どない会話だと思うんだけど、でもやっぱりなんだか楽しい。何かを共有するのが良いのかな。それとも単に話すことそのもの?もしくはベアさんのこと知れてる感とか?全部ちょっとずつって気もするな。あんま言語化しにくいけど、それぞれしっくりくるような雰囲気がある。
「あ、あと少なくとも俺は色々教えてもらって、楽しいです、よ」
「むふ。上手いねぇバンくん」
「いや、お世辞とかじゃない、です。本心です。はい」
「ん。ありがと」
あ!あとその結果ベアさんがニコニコしてるのもやっぱりそうかも。なんだか今はほんわか落ち着いた雰囲気だ。色気を出してきたりとかもなく、穏やかに受け答えしてくれている。
ってこれ、なんだか恋人同士っぽくない?こののんびりした感じとか、そもそもここが俺の家だってこととか!え、やばい。意識したら急に緊張してきたかも。
「じゃあ嬉しいしも~っと質問に答えてあげちゃおうかな。ね、なんか聞きたいことある?相談とかでもいいよ?お姉さんが出来る限りで答えてしんぜよう」
「えっ、え、え、え~と……」
うわまずいぞ考えろ考えろ!落ち着け――ない!じゃあせめて何か質問考えろ!というか今デートに誘ったらOKしてもらえそうかも?って流石に早い気もする!なら最近疑問に思った事何かなかったっけ?ん~?なんかあったような。あそうだこれで行こう――
「ベアさんって、なんで俺とこういう関係になろうと思ったんですか?」
「へ?」
アッ急に突っ込んじゃった。さ、流石になんだかいきなりすぎるような気が。だってこれって「アタシってキミにとってのなんなの?」ってやつじゃない?それに若干暗黙の了解みたいなとこじゃない?そもそも身体の欲望を互いに満たすだけの関係だし。
なのでなんだか重く思われたりしそうじゃない?関係の発展を願ってるって捉えられたりするんじゃないだろうか。
あと性事情を深堀る質問でもあるな。ちょっとセクハラっぽい気もする。ってかほら!ちょっと驚いちゃってないか?
「う~ん……。それ、さ、もしかしたらバンくんのこと傷つけちゃうかもしれないけど、言ってもだいじょぶ?」
「え?あ、は、はい。大丈夫です」
「そっか。……あ~、いや、でも、う~ん。やっぱりちょっと考えさせて?」
「そんなですか?ってなると逆に気になりますね」
でも、その反応はどうやら嫌がっているからでは無さそうだった。と言うよりむしろ、虚を突かれた?痛い所を突かれた?って感じな気がする。
そしてさらに、答えるにあたってこちらを気遣ってくる。う~んなんだろう。なんだか俺にとって不都合な事実を掘り当ててしまった気もするぞ。
「あほんと?ってなると……。いやでもそれなら……。じゃあ、うん。何でも聞いてって言ったのあたしだもんね。それじゃ、傷つける意図は全く無いってのを念頭に聞いてね。あと嫌になったらすぐ言って」
「はい。それじゃお願いします」
とはいえやっぱり、この気遣い方から彼女が悪い人ではないってことをひしひし感じる。例えば都合よく俺の事利用したいだけとかならたぶん、こういうのボカしたりするんだろう。だから聞いちゃって大丈夫じゃないだろうか。うん。もっと彼女の事知りたいし促してみる。
ただ、この選択を俺は後悔することになった。まだ引き下がれたのにって。地雷を踏んじゃったって。彼女ではなく、俺の。
「うん。……で、なんだけど。あたしがバンくんとこうなろうと思ったのは、一言で言うと、その、えっと、色々と都合が良かったからだね」
「へっ!?つ、都合、が……」
「そう。って、やっぱりやめよう。良くないかもこれ」
だって、ホントにその理由とは、都合よく俺の事を利用したいだけだったから。まぁ正確には違うんだけどね。でも、流石にそうじゃないでしょと思っていた言葉が飛んできてこの時は衝撃を受けてしまった。そしてかなり動揺して、過去の傷が開く隙を与えてしまったんだ。といったところで現在に戻ります。




