第51話 迷宮という魔法陣
先ほどまでの戦闘が嘘のように、周囲は不気味なほど落ち着いている。
巨大空洞。
赤く流れる溶岩が、空間全体を照らしていた。
アリソンはゆっくりと歩き出した。
視線は、壁、床、そして天井へ。
「……やっぱりだ」
ターニャが首を傾げる。
「何が?」
「これ見ればわかるよ」
アリソンは地図魔道具を取り出した。
魔力を流すと光の線が浮かび上がる。
ここまでの経路、それが立体的に映し出される。
「…すごい複雑だね」
グラムベルクが目を細める。
「お前、何を見ておる」
「これだよ!」
通路の配置
分岐の角度
繰り返される構造
「こんなの偶然にできるはずがない」
(理解してしまった)
アリソンの体が小刻みに震えだす。
ターニャも食い入るように地図を見る。
「でも、ただの迷路なんでしょ?」
「違うんだ」
「これはある機能のためにこうなってるんだ」
「…」
イリスが困惑する。
「…どういう意味?」
アリソンはほんの一瞬、迷うように目を伏せる。
そして確信を持って顔を上げた。
「これ… 魔法陣だ」
――静寂。
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
「…迷宮が?」
「そう」
アリソンは周囲を流れる光を指差す。
「これが魔力の流れ」
「迷路が制御術式」
そして溶岩に視線を向ける。
「動力源だ」
グラムベルクが目を見開く。
「まさか……」
「この迷宮全体が巨大な魔法装置だ」
あまりに途方もない話に誰も声を出せない。
ターニャがぽつりと呟く。
「……じゃあ私達、魔法陣の中にいるの?」
――そのときだった。
足元の地面が、ぬるりと歪んだ。
「……え?」
骨の隙間から、黒い泥のようなものがにじみ出てくる。
それはゆっくりと脈打つように盛り上がり、形を作り始めた。
――グッ、グチャリ
細長い腕
筋張った脚
そして緑色の頭
ミレイアが息を呑む。
「まさか……」
数秒後、それは完全な形となった。
――ゴブリン
生まれたばかりのように体表はまだ湿っている。
だが次の瞬間、ぎょろりと目を開き――
ーーギギィッ!
叫び声とともにターニャに襲いかかった。
「あれ、武器がない!?」
ブリッタが前に出る。
「下がってろ!」
大斧の一振りがゴブリンの体を叩き潰す。
「…」
「この感触… 本物だぞ」
誰もすぐには言葉を発せなかった。
アリソンが低く呟く。
「今… 生成された」
「間違いない」
「魔獣は生き物じゃない!」
その場の視線が全てアリソンに集まる。
「この迷宮が生み出してる!」
「魔力を変換して形にしている」
ミレイアは震えながらゴブリンの死体に目を向ける。
「そんなこと……」
アリソンは――
自分でも気づかないまま、笑みを浮かべていた。
「この構造…」
分散処理
信号伝達
負荷分散
意図を持って設計されている。
「…同じだ」
「これ、プログラムだ」
グラムベルクは身震いしながら尋ねる。
「この迷宮を… 誰かが作ったというのか?」
「あぁ、それが誰かはわからないけど」
答えはない。
ただ一つ言えるのは。
それは――
この世界の根幹に関わるものだということ。
そのとき。
足元で小さな震動が起きた。
イリスが眉をひそめる。
「またか!」
地面が静かに盛り上がり、巨大ワームが姿を現した。
そしてゆっくりと空洞の奥へと進む。
「……どこかへ案内してる?」
「まったく、いい従者じゃねぇか」
ワームが止まった岩壁に巨大な紋様が刻まれている。
まるでこちらを認識したかのように、光が脈打った。
アリソンが手をかざす。
「……これで操作するのか」
そのとき、紋様が強く光った。
マグマの流れがわずかに変わる。
そして周囲の通路、壁の光。
すべてが連動するように明滅した。
ターニャが思わず後ずさる。
「まさか動いてるの?」
(いや、ずっと動き続けている)
(千年、あるいはそれ以上)
ミレイアが周囲を見渡し何かに気づいた。
「そこの横穴、もっと奥がある!」
アリソンは振り返る。
「みんな、行くか?」
「ここまで来て帰れる?」
「面白くなってきたな」
「付き合おう」
そして。
一行は見つめる。
世界の底にあるものを。
「……バグ、見つけた」
「デバッグ開始だ」
迷宮にアリソンの声が静かに響いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
物語の核心に近づいてきました。
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