第50話 深層の支配者
誰もすぐには動けなかった。
熱気が押し寄せ、肌が焼けるような感覚。
赤い溶岩が流れる巨大空間。
アリソンは周囲に視線を巡らす。
「ちょっと待て…」
低く静かな声にターニャが振り向く。
「どうかした?」
アリソンは足元を指差した。
そこにあったのは――
骨。
白く乾いた骨が無数に散乱していた。
ゴブリン
オーク
そして、もっと大きな何か
ブリッタが眉をひそめる。
「おい、これ全部魔獣の骨だぞ」
「こんなにたくさん…」
まるでここに集まり、死んだかのように。
アリソンは空洞を見上げる。
魔獣が生まれ、そして消えていく場所。
同時に言いようのない違和感。
「…何か、嫌な感じがする」
そのとき。
地面がわずかに揺れた。
――ズズン
地面の下で、巨大なものが蠢く音がする。
ブリッタが斧を構える。
「何か来るぞ!」
次の瞬間。
地面が弾け土と岩が吹き飛ぶ。
その奥から、ぬるりとした巨大な影が現れた。
「……ワームか!」
ブリッタが叫ぶ。
節ごとに分かれた外殻は、黒褐色に焼けた岩のようだ。
「なにこいつ、目がないわ」
「あのでかい口と歯に気をつけろ!」
ーーグギャーッ
そして。
その巨体は音もなく地中へと沈み込む。
「下から来る!」
アリソンが叫ぶ。
地面が盛り上がった次の瞬間。
別の場所から突き上げ。
イリスが飛び退く。
「ちっ!」
ミレイアが重力で押さえようとする。
「ダメ、捕まらない!」
「どこを狙えばいいの……!」
ワームは地中を自由に移動している。
一瞬だけ地上に出た体にブリッタが斧を叩き込む。
「硬っ!」
だが外殻に弾かれ、攻撃が通らない。
既に全員の体力も魔力も底をつきかけている。
(どうする。打つ手がない…)
次の一撃が来る。
そのとき。
イリスが口を開いた。
「従わせよう」
全員が彼女を見る。
「…え?」
「魔族のやり方だ」
「使役すれば戦力になる」
「そんなことできるのか?」
「竜よりは簡単そうだ」
「ただし、戦って屈服させなければならぬ」
ターニャはイリスの傍に駆け寄る。
「でも攻撃が当たらないよ!」
「どうすんの?」
「…槍があればいける」
「槍?」
「今は短剣しか持ってないが」
「私は槍が得意だ」
一瞬の間。
ターニャは自分の背中を見る。
風雷の二股の槍。
そして、ためらいなくイリスに向かって投げた。
「使って、これなら文句ないでしょ!」
イリスがその槍をつかんだ瞬間。
風が巻き雷が微かに走る。
「なるほど…」
「使わせてもらう」
ワームは地中を移動しながら、こちらの隙を伺っている。
イリスは一人、前に出て槍を構える。
とたんに地面が盛り上がる。
「今だ!」
イリスは槍の先端を小刻みに回転させ、そのまま地面を叩く。
鋭い風が周囲一体の地面を割り、竜巻が土を巻き上げる。
その中から。
巨大ワームの体が引きずり出される。
「出た!」
空中に露出した巨体。
その瞬間、イリスが踏み込む。
「はぁぁぁっ!」
槍を突きたてる。
――ガャギィーッ
外殻に弾かれる。
「…やはり硬いな」
「ならば、中身を叩く」
槍が光る。
雷撃。
――ガガッ!
白い閃光がワームの体を貫いた。
大地が震える。
ワームがのたうち逃げようとする。
だがイリスは逃さない。
風がワームの体を中に浮かせ、その腹が露出する。
「そこだ!」
ーーガッガガーン!
雷をまとった竜巻で追い討ちの一撃。
ワームの動きが止まる。
イリスはゆっくりと槍を下ろし低い声で命じた。
「…屈服せよ」
ワームの巨体が震えだし、その意志は必死に抵抗する。
だが次の瞬間。
その巨体が崩れるように沈んだ。
アリソンは恐る恐るイリスに近付き声をかける。
「……成功したのか?」
「そうだな」
「だが雷系はやはり苦手だ…」
(これは制御とは違う)
(支配という概念…)
全員の体から力が抜ける。
「……え、終わったの?」
「とんでもねぇな」
「完全に(ターニャの)上位互換ね」
イリスは槍を軽く回し、ターニャに差し出す。
「いい槍だ」
ターニャは少し考えて言った。
「……あなたが持っててよ、それ」
「…」
「は?」
「どう見ても私より使いこなしてる」
「この先も魔獣はまだいるから」
イリスはしばらくためらっていたが、ターニャの思いを理解した。
「……それじゃ、遠慮なく」
巨大ワームが静かに地中へと潜っていく。
今度は敵ではなく、従う存在として。
迷宮の奥。
この先に進むことが正しい選択だったのかは――
まだ誰も知らなかった。




