第47話 北方への航路
王立学院の正門前に一台の大きな車両が止まった。
王都では見たことのない黒基調の装飾が施された四輪の台車。
そしてそれを引いているのは巨大な2頭のトカゲ。
帝国の輸送用魔獣だ。
アリソンとターニャは案内役として出迎える。
「……なにあれ、不気味ね」
「魔車の代わりかな」
荷台の幕が開いた。
その瞬間、周囲の魔族兵士に緊張感が漂う。
そこから降りてきたのは――
イリス・ザルメディア。
竜騎兵隊長にして帝国皇族。
イリスは軽く手を挙げ、二人の前に歩み寄る。
「捕虜を引き取りに来た」
「…ほんとに来た」
やがて王国兵に連れられ、どこか落ち着かない表情のトロイが現れる。
だがアリソンたちを見て、ほっとした笑顔を浮かべた。
「アリソン、ターニャ!」
「元気そうじゃん!」
「うん」
「…」
「帝国に戻ったら普通の暮らしができる、良かったな」
イリスはこちらに歩み寄り、静かに語りかける。
「約束は守る」
ターニャは心配そうな面持ちで声をかける。
「……頼んだわよ」
トロイは涙が溢れそうになりながら、それでも無理に笑ってみせる。
「本当にありがとう!」
そう言って、トカゲ魔獣の引く車に乗り込んだ。
そして車はゆっくりと城門を出る。
帝国に向かって。
ターニャは寂しそうに呟く。
「初めて知ったよ。魔族も私達と変わらないんだな…」
ふと、ターニャはその場の不自然さに気づいた。
イリスが隣で手を振っている。
「…あなたは帰らないの?」
「帰る」
「…その前に」
「さっき面白い話を聞いた」
アリソンに視線を向けながら不敵な笑みを浮かべている。
「まさか迷宮のことか…」
「遠征するのだろう?」
ターニャが声を荒げ割り込む。
「それと何の関係があるの?」
「行く」
「…」
「私も同行する」
「ダメー!」
「なぜ?」
「だって帝国の人でしょ!」
イリスはアリソンの顔を覗き込み、冗談っぽく囁く。
「私がいれば、魔砂とゴーレムの扱いも楽になる」
「……」
「言われてみれば… 確かにそうだな」
「ちょっと!?」
「それに――」
「迷宮は気になる」
アリソンは肩をすくめた。
「何かあっても自己責任ですよ」
「決まりだ」
ターニャは不満そうだが、諦めたように息をついた。
「もう好きにすれば!」
数日後。
王都を流れるセレネ河のほとり。
そこに一隻の船が停泊していた。
その中央には強化された魔法増幅陣が置かれている。
ミレイアとグラムベルクは船の準備に余念がない。
「長旅になるからね」
「大きさも推進力も前とは違うわよ」
「急いで改造させられたから、見栄えはいまいちだがな」
今回の旅も学院の研究調査という位置づけだ。
そして学院長は、貨物船と旅に必要な物資を用意してくれた。
2ヶ月分の食料
魔道具
船を動かすための魔石
そして。
グラムベルクが小さな箱を取り出した。
「こいつが今回の目玉、地図魔道具だ」
「グラム、これどうやって使うんだ?」
「歩いた道を勝手に地図にしてくれる」
「ただ骨董品なんで、原理まではわからん」
ターニャが目を輝かせる。
「これ、迷わないやつだ!」
ドワーフ族に古くから伝わる魔道具で、未知の迷宮での必需品だ。
ミレイアは船の先頭に立ち、遥か河の先を眺めながら航路を確認する。
「セレネ河を遡って、途中からノルム支流に入る」
「あとはそのままザイオンの近くまで行けるはずよ」
グラムベルクが補足する。
「北方の迷宮はかなり危険だ」
「生半可な覚悟じゃ生きては帰れんぞ」
ターニャの隣で、軍装を纏ったイリスが楽し気に見える。
「いい!」
「面白くなりそうだ」
(ほんとにこの人、皇族なの…?)
アリソンは頭の中を整理する。
魔獣の大量出現
地下迷宮ザイオン
魔力の源
(もし仮説が外れていたら――)
アリソンはその考えを振り払った。
「確かめに行こう!」
その一言で全員が動いた。
魔法増幅陣が唸り、貨物船は北へ向かって進み始めた。
船が岸を離れた瞬間。
王都の灯りが、
少しだけ遠く感じられた。




