第32話 開戦 ― 王都
「結局、急いで王都に戻るのね」
ミレイアの声に森の穏やかな朝が現実に引き戻された。
アリソンは荷をまとめながら答える。
「今ならまだ間に合うはずだ」
もし帝国が竜を使えば。
魔石に近づいた瞬間――竜は自由になってしまう。
「もし竜の使役が解けたら、どうなっちゃうんだろ?」
「…」
「想像もつかない」
「帝国の人たちはそれを知らないの?」
「だから今、戦争になりかけてる」
その時、背後から声がした。
「準備は整いましたか?」
振り返るとルナシールドが立っていた。
いつもと雰囲気の違う白い外套姿。
「まさか、ルナシールドも来るんですか?」
彼女は静かに頷く。
「この件は王国上層部に直接伝える必要があります」
「エルフ側の使者ってことね」
「巨大魔石は森だけの問題ではありません」
「竜が暴走すれば、この世界全体に関わります」
アリソンは小さく頷いた。
「それなら説得力も増しますね」
三人は里の外れの小さな桟橋へ向かった。
そこには一隻の船が停泊していた。
「私たちが乗って来た船、ちゃんとあったね」
この森へ来るときに使った船だ。
ミレイアの重力魔法のおかげで帆も櫂も要らない。
ルナシールドが船を見て呟く。
「不思議な船ですね…」
「まあ、普通じゃないです」
アリソンは苦笑する。
ミレイアが船に乗り込みながら声を上げる。
「帰りは下りだから」
「王都まであっという間よ!」
アリソンは里に来たときの異常な船の速さを思い出していた。
(前回は上りで今回は下り…)
「ミレイア、無理に飛ばさないでくれよ」
「大丈夫、ちょっと疲れるけどね」
「そうじゃない、こっちの身が心配なんだ!」
ミレイアが船に魔力を集中させる。
魔法陣が光った、次の瞬間。
船は水面を滑るように加速した。
両岸の森が一気に遠ざかる。
あまりの速度にルナシールドは船にしがみつく。
「…すごく速い、ですね」
「でしょ!」
ミレイアは額に汗を滲ませながら、誇らしげに胸を張る。
アリソンは懐中時計の蓋を開き針を確認する。
「この速度なら、今日中には王都だ」
その日の夕方。
王都の河港が見えてきた。
だが――
アリソンは違和感を覚えた。
絶え間なく続く怒鳴り声と、金属を叩く音。
荷車が列を作り、武器や物資が絶え間なく運ばれている。
ミレイアも気づいた。
「なんか町が慌ただしくない?」
岸に降りると、たくさんの人で溢れ、誰一人立ち止まるものはいない。
鍛冶屋では武器が打たれ兵士が行き交っている。
ミレイアは、人だかりができている場所を覗き込む。
その中心には王国軍が貼りだした掲示板。
その紙を読んだ瞬間、彼女の顔色が変わる。
「ねぇ、アリソン!」
「もう始まってる」
「何が?」
「……宣戦?」
ミレイアの声が少しだけ掠れた。
アリソンも掲示板を覗き込む。
王国の紋章
国王の印章
そして一行
――ザルカーン帝国へ宣戦を布告する
その下には続きが。
――南方軍はすでに出撃しアル・ザハル砦を包囲した
アリソンは、しばらく文字の意味を理解できなかった。
周囲の喧騒が、遠く感じられた。
「まさか… 間に合わなかったのか」
(こんなはずじゃ…)
ルナシールドがアリソンの肩をつかむ。
「アリソン!」
「王立学院へ急ぎましょう!」
ー学院長室ー
アリソン、ミレイア、ルナシールドの三人は、ことの経緯を報告をしていた。
学院長は腕を組んで話を聞いている。
「巨大魔石の由来……か」
アリソンは説明を続けた。
「もし帝国が竜を出したら、森で大惨事になります」
ルナシールドも頷く。
「これは森だけの問題ではありません」
「放置すれば取り返しがつかなくなります!」
学院長はしばらく沈黙していた。
やがて口を開く。
「この話は王国上層部へ伝えよう」
「早速、軍関係者をここへ呼ぶ」
窓の外では兵士たちが慌ただしく行き交っている。
その動きは、もはや止まることを許さない何かに駆り立てられていた。




