最終話 四月一日
三月は嵐のように過ぎ去っていった。
卒業旅行に行ったり、友達と遊び歩いたり。財布はすっからかん。
合格祝いを貰っていなかったら、とてもお金がもたなかったと思う。
あと、月末には謎に中学の同窓会まであった。
私が国立大に受かったって言ったら、みんな「え?」って顔して固まった。
……いやまあ、正直気持ちは分かるよ。私、アホキャラだったし。
四月一日。
新しい服に袖を通す。ジャケットにミニスカ、まだ馴染まない新品のブーツ。鏡の中の自分が、ちょっとだけ大人っぽく見える。今日から高校生じゃなくなるからだろうか?
住宅街を抜けて、春の風に舞う花びらを浴びながら、川沿いの桜並木を歩く。ちょっと早く咲きすぎたり、遅く咲いちゃったりする桜も今年はピッタリ満開だ。
でも大学の入学式はもうちょっと後だから……お祝いされてるのは、新社会人の方かもしれない。
バスに乗って、駅へ行く。定期券が無いので今日も自腹だ。卒業してから感じたけど、やっぱり定期券って偉大じゃない?
ここのところ毎日、早く大学生になりたいと思っている。
電車に揺られて、公園前の駅に着く。改札を抜けると、人、人、人。お花見シーズンは本当にすごい。
ベビーカーを押してる人、学生っぽいグループ、おじいちゃんおばあちゃん。世代ごちゃ混ぜのお祭りみたいな空気だ。
私は、そんな人混みを抜けてさっさと公園へと向かう。
……今日は別に、誰かと待ち合わせしているわけじゃないのだ。
鞄をプラプラさせて、上を見上げたりスマホで写真を撮ったりしながら私は散策を始める。
時間の制約もなし。ただ気の向くままにフラフラと。
三山先生は今日もたぶん、学校にいるんだろう。
平日だし、飲食厳禁の進路指導室でコーヒーを飲みながら、書類をゴソゴソしていると思う。
そして疲れてきたら眼鏡をポイっと机に放り投げて、大きく伸びをするのだ。それから窓の外を見て……先生から見えた景色の中に、桜はあるのかな?
ちなみに。
三山先生とは、卒業してから会っていない。ミカとは毎日のように会うし家にも泊まるけど、鮮魚コーナーはもちろん、スーパーでも会うことは無かった。
正直、会いたいなと思ってる。どうしても会いたくなったら、またあの進路指導室に足を運べばいい事も分かってる。
挨拶するように「好きだ」って言ってくれるはずだし、「私も」って今なら素直に返しても良い。
だけど。
それは何となく違う気がした。先生との禁断の恋を始めないまま駆け抜けた学校生活。
その名誉を守るためにも、あの進路指導室から続きを始めたくない。
――と、色々言ってはみたものの。
本当は、最後の最後まで一線を越えようとしなかった先生に、ちょっと拗ねているだけだ。
そうこうしてるうちに、公園の中心部の大広場にやってきた。去年はここで、クラスの皆とお花見したんだっけ。たしか……うん。ちょうどあの辺りだ。
今年もやろうとは言ってたけど、新生活の準備でみんなバタバタしていて――いつの間にか立ち消えになってしまった。
ミカや他の友人だけでも、どこかでやれたら良いんだけど。
そのまま賑やかな大広場をグルっと見渡す。桜の下にはたくさんの人がいて、皆それぞれに大騒ぎしている。
邪魔にならないよう外周をぐるりと一周。最後は桜の木もない、人もまばらな中央へと歩いていく。
私は、先生にバッタリと出会えたら良いなって、期待している。
いつかの本屋のように、予備校帰りの夏祭りのように。
もしかしたらその時には先生に恋人がいたり……何なら結婚してたりするかもしれない。
だけど、もし先生との出会いが運命なら――。
――たぶんきっと、どこかでまた恋は始まるのだろう。
その時はもう、禁断の恋じゃない。
私は未来へと――ゆっくり歩き出した。
――いや、走った。
たぶん、過去一番全力で走った。今履いてるブーツとか、服とか絶対こんな全力疾走に向かない。
肩から掛けた鞄が跳ねる。鬱陶しい。走りながら無理やり掴んで、腕に巻き付けて、それでも邪魔になる。
だけど、止まらない。
私は広場のど真ん中へ向かって走る。
ぽつんと立っている三山先生に向かって。
先生は何かを言いかけた。そんなもの、どうだっていい。
聞く前に、飛び込んだ。
力いっぱい、その胸に。
ずっと、ずっと触れたかった身体を、逃がさないように抱きしめる。
先生は何も言わない。でもどうせなら触れてほしかった。
ずっと、ずっと触れてほしかった、その手で。
私は両手を解き、一歩下がって先生を見上げる。
「柊……今日も可愛いな」
とまどいを隠すように、先生はいつも通りの余裕顔を浮かべる。でも、その顔が嬉しくて、もう止まれなかった。
……さて、今日の私はなんて答えようか?
この込み上げてくる色々な感情にブレーキをかける気は一切ない。というか、その必要もない。
ブレーキを外した瞬間、世界が色を変えていく。
「先生」
「ん?」
私は息をゆっくりと吸って……世界が桜色に染まるように、声を張り上げた。
「三山晶ーーーーー!!! 好きーーーーーーーー!!!」
自分でもビックリするくらいの大声が出た。
周りの花見客が何事かとザワザワしだした。何なら小さい子どもが真似してる。
先生はキョトンとした顔を見せて、それからゆっくり瞬きをした。
「早く」
「……えっ?」
「早く、返事して」
一拍、間があいた。
「いや、ちょっと待て。……柊のブレーキ、どこいった?」
「今はもうないけど」
「いや、柊が踏み込んできたら、俺がこう……止める感じだろ?」
「そんなのいらない。もう高校生じゃないし」
「そうだけど……」
「だから、早く」
周りが囃し立てる中、私は距離を詰めていく。
もし先生の後ろに壁が有ったら、壁ドンだってしてしまいそうだ。
「……好きだよ」
「ねえ、声が小さいんだけど?」
「好きだ」
「まだ小さい」
余裕の笑みは、もうすっかり消えていた。
見つめ合う私たちを中心に、歓声がひと際大きくなって、拍手や喝采が巻き起こる。
普通に考えたら恥ずかしいんだけど……今はもう、そんな事どうでも良かった。
「いいぞーーーー!!キスしちまえーーー!!!」
斜め後方からどっかのオジサンの声が聞こえる。……あ、ありかも。
私は一歩距離を詰めて、先生の首へと腕を回す。
「柊」
何かを言いかけた先生を無視して――私は唇を重ねる。
周りの喧騒はとんでもない事になっていたけど、今の私には先生以外見えていない。
我慢した時間を埋めるように長いキスをして、名残惜しくも唇を離して――先生の言葉を遮るようにまた、キスをした。
そんな事を何度も何度も繰り返して、先生の力が、少しずつ抜けていく。
「ねえ先生。言いたい事があるんだけど」
「いや、俺も――」
「あとにして」
というか何百回と言われ続けてきたのだ。これからは何千回、何万回と言ってやりたい。
「先生、好き」
「大好き」
「愛してる」
4月1日12時2分。私たちはついに結ばれた。




