第67話 国立二次試験
午前十時。通学路は、とても静かだ。
合格報告に向かう他クラスの姿をちらほら見かけるくらいで――そこにはほとんど、見知った顔がない。
国立大の試験日まであとわずか。私は今日も進路指導室へと向かう。
「私学は全合格か?」
「……いや、あそこはダメでした」
さすがに私学最高峰の壁は高かった。
「問題形式も特殊だし、事前対策も足りてなかったからなぁ……」
「まぁ、先生のせいって事で」
「俺は最善を尽くしただろ」
「え、言い訳するんですか? 『落ちたら俺のせい』って、すまし顔で言ってたくせに」
コーヒーの飲み真似も披露してやった。
「試験日直前に言われたって無理だろ? 対策のしようもないし。柊が悪い」
「先生なら短時間で何とかなるかなって思ったのに」
まぁ、試しに受けてみただけで……それで受かるとは私も思ってない。
とりあえず睨みつけてみると、先生は呆れ切った顔をした。
「まぁとりあえず、合格おめでとう」
「……もっとちゃんと祝福して欲しいんですけど」
「第一志望の試験、残ってるだろ?」
……そうだけど。
問題プリントを押し付けられるように受け取る。それは過去問を中心に、私の苦手問題を織り交ぜて作られた、先生お手製だ。
来週にはもう受験を控えていて、ここに来るのは最後だ。だからこのプリントも――最後になる。
「ありがとうございます」
私のその言葉に、先生は小さく笑った。
そして静かに時間は流れていく。
早くもない、遅くもない。いつも通りに流れていく。
たまに先生が椅子を軋ませて伸びをする音。
眼鏡を手元の書類に投げるように置く音。
ペンを走らせる音。
参考書の匂い。
コピー機の焼けた匂い。
コーヒーの匂い。
そんな全てが、「もう時間はないよ」と私の背中を押す。そんな気がした。
顔を上げるとそこには三山先生がいて。その人は、私の――。
気が付けば、言葉が出ていた。
「ねえ先生、来週もここに来ていい?」
「流石に本命の試験前日はやめとけ」
「じゃあ試験が終わってからは?」
「何しに来るんだよ?」
先生と、目が合う。
最近の私は、もう言ってしまっても良いんじゃないか、とさえ思ってる。
というか、よほど鈍感じゃなければ先生だって気付いているはずだ。
言葉にするか、しないかだけの違いで……私たちの関係は、もうすでにアウトゾーンだ。
それに、どうせもうすぐ卒業なのだ。
――今なら逃げ切れる。
進路指導室での時間が今日で終わる。
様々な禁忌にセーフです、とシールを貼って言い聞かせていく。
「先生に会うために、決まってるじゃないですか」
言った。言ってやった。『好き』とは言ってないけど――もう分かるだろう。
辞表が出てきても叩き落してやる。何なら胸ポケットに手を入れた瞬間に取り押さえてやろう。
「柊――」
次の言葉までの時間は――とても長かった。
* * *
「とにかく、試験会場に着いたらすぐに連絡頂戴よ?」
「分かってるって。だから位置情報も共有してるでしょ?」
試験当日の朝。ママは毎度のごとく忘れ物チェックと電車の遅延情報確認に忙しい。
「パパも待機してるから。電車が止まったらすぐに電話して。パパが車で走るから」
今日はパパも休みらしい。……ちょっと大げさじゃない?
「じゃあ……行ってきます」
「いや、駄目だ。やはり駅までは送ろう」
「いらないって」
「駄目だ」
結局、パパに試験会場まで送られた。
無事に現地へ着いた私は、ちょうど今――最後の問題を解き終えたところだ。
あまりにもあっけなく受験戦争を終えた私は……名残惜しくなった。
……最後だし? 私はもう一度、問題用紙に目を落とす。その見直しは、試験終了ギリギリまでしておいた。
そしてその日。
私は、進路指導室へは行かなかった。




