第66話 自由登校
私立大学の試験が始まり、受験戦争はますます激しくなる。
過去問をひたすら解いて、出題傾向に沿って演習を突き詰める。三山先生は丁寧に相談に乗ってくれる……のに。
「……進路指導室って、基本的に私しかいなくない?」
「そもそも自由登校だからな。他によく来るのは田中くらいだ」
「え、ミカとか来てないの?」
朝、教室には大抵いるんだけど。
「午前中はよく来てるぞ。ひたすら喋ってそのまま帰ってく」
「あー、ミカっぽい」
私が教室で自習している間、どこ行ってるんだろうとは思ってた。
「あとは皆、予備校とかそっち行ってるんじゃないか?」
「私も直前講習には行ってるけど……相談系は先生の方が良くない? 重点的に補填した方が良い所とかも教えてくれるし」
「いや、頼ってくれるのは嬉しいけど、必ずしも俺が正しいとは限らないから。もっといろんな人に相談した方が良い」
先生はすっかり冷めてしまったマグカップの中身をクルクルと揺する。
「え、嫌だ。先生が良い。それに、合格したら先生の手柄でしょ?」
「違う。合格したら柊の手柄、落ちたら俺のせい。戦犯は多い方が良いから俺以外にも聞いとけ」
先生は、コーヒーの残りを一気に飲み干した。
* * *
完全下校まであと一時間。ギリギリまで演習問題を解こうか……とも思ったけど止めた。キリも悪くなりそうだし。
というか最近、ちょっと人恋しい。自由登校になってからそう感じる事が多くなった。
今の教室には、いつもの学校の感じがほとんど残ってない気がする。
顔を上げると、先生は手元のペンをくるくると回しながら窓の外を見ていて……正直、暇そうに見えた。
「ねえ先生。先生が受験生だった時って、息抜きとかしてた?」
私が問いかけると、欠伸を噛み殺しながらゆっくりとこちらを向く。
「……ああ、息抜きは色々試したぞ。柊、ココア飲む?」
「お湯で作るヤツならいりません。味が薄くてまずいし」
「気が合うな。俺も牛乳以外は認めない」
先生はそう言うと、棚からIHコンロと鍋、冷蔵庫から牛乳を取り出した。……ここって、先生の家なの?
「じゃあ、飲みたいです」
牛乳を鍋に入れるその姿は、どこか誇らしげだった。
机の上にはコンロとマシュマロ。牛乳が温まるまでの間、ゆったりした時間が流れ出した。
思えば最近、ずっとバタバタしていたような。
「先生の息抜きって、やっぱバスケとか?」
「いや、意外と時間を食うから微妙だった」
先生の手は止まらない。マシュマロがみるみる減っていく。
「え、そう? 最近たまにコートでシュート打ってるけど、結構気持ち良いよ?」
「準備もあるし……なによりコートまで時間かかるだろ」
「家の裏にある公園、バスケットゴールあるんですよ」
「へえ。今度行こうかな」
「良いんじゃないですか? 私は3本決めたら帰りますけど」
「……やっぱやめとく」
先生は唇を尖らせてココアを作りに行く。その後ろ姿は、ちょっとだけ可愛かった。
「――で、最終的に俺の息抜きは筋トレに落ち着いたんだよ」
「試行錯誤に時間使いすぎてて、笑えるんだけど」
バスケ、サッカー、卓球、ランニング、ゲーム、ギター……先生は色々な息抜きを試してそこに辿り着いたらしい。
「……ってか先生、ギター弾けるんだ?」
「いや、何かの曲のイントロしか弾けない。練習が楽しくないから趣味としてもゴメンだ」
「ふーん。ギター弾けたらカッコ良いのに、勿体ない」
「明日からここで、ギター弾いても良いか?」
「うるさいから、やめてもらえます?」
「じゃあギター抱えて座っとく」
「ただのバカじゃない?」
いつもの進路指導室、いつもの席。
すました顔でギターを抱えて仕事する先生を想像したら……私はココアが飲めなくなった。
「……笑いすぎだろ」
「先生、ごめん……ツボった……」
危うくココアを零すところだった。
こういう時間、今はもう――ここにしかない気がする。




