第64話 クリスマスイブ
十二月は消化試合のように過ぎていった。
今年も有志によるクリスマス会があるらしいけど……。
「ミカは行かなくて良いの? クリスマス会」
「むしろ余裕ありそうな葉月が行くべきじゃない? クリスマス会」
二人で顔を見合わせて、苦笑いする。共通テストも間近だし、今日は予備校の日だ。
教卓で談笑を続ける三山先生を横目に、私達は教室を出た。
「そういえば。ミカはクリスマス、ピータンとデートするの?」
「ううん。さっきプレゼント交換したから、それで終わり。はぁ~、受験生って嫌だねぇ〜……」
明日から冬休みが始まる。
* * *
「……もしかして、デート?」
「違うけど」
冬休み初日の朝。身支度を済ませてリビングに行くとママに声をかけられた。
「受験生だし、そもそも彼氏もいないし」
「彼氏じゃなくてもデートにはなるでしょ?」
「だからデートじゃないって。学校に勉強しに行くだけ」
「学校……」
ママはそう言って、私の姿を上から下までじっくり見つめる。
「その割には葉月の格好、気合入りすぎじゃない?」
「いや、別に普通でしょ。……だめかな?」
「だめとは言わないけど」
ママはニヤニヤするだけだった。……脚、出しすぎかな。
通勤ラッシュを過ぎた冬の電車は、凄く空いていた。余裕で座れて、古文の参考書を開けるくらいだ。
ちょっとした手土産が欲しくなって、途中の駅で寄り道をする。改札を出てすぐ左にある、小さなお店でケーキを買った。
電車を降りて歩くこと十数分。マスクをマフラーごとずらして息を吐くと、高校はもう目の前だった。
「失礼します」
進路指導室の明かりが付いている事に少しほっとしながら、私はそのドアを開ける。
三山先生はいつもの席に座って――炊飯器を取り出しているところだった。
「……先生、何してるの?」
「炊き込みご飯作ろうと思って……」
長期休暇中の三山晶は、気が緩むらしい。私は部屋に入る流れのまま、机にケーキの箱を置き、マフラーを解く。
「今日はどうした?」
「え、用がないと来ちゃ駄目ですか?」
「いや、俺は柊に会えて嬉しいけど」
炊飯器片手にドヤ顔を決める。いやそれ、カッコ良くなるアイテムじゃないから。
「じゃあ良かった。私も、先生とクリスマス過ごそうと思って」
コートを脱ぎ、勝手にハンガーにかける。
静電気で張り付いた髪を整えつつ振りむくと、先生は真顔で、何も言わずにパコン……と音をさせて炊飯器の蓋を開いた。
ちなみに今日は12月24日。クリスマスイブである。
* * *
沸々とお米が炊かれる中、二次試験対策をほどほどに、共通テストの演習問題を解き進める。
数学のプレテストを終えたところで、部屋には良い匂いが充満しはじめていた。
炊飯器の方を見ると、先生と目が合う。しばし見つめ合うけど、先に目を逸らしたのは先生。
ゴソゴソと机の下を探して、しゃもじとお茶碗を持ったまま立ち上がる。
二人無言で頷き合い、昼食の準備を始めた。
「もしかして、いつもここでお米炊いてるんですか?」
「いや。長期休みと……部活顧問で休日に来た時くらいかな。さすがに怒られそうだし」
「そもそもここって、飲食厳禁ですけどね」
なのに私は、先生と向かい合って炊き込みご飯を食べている。
「っていうか先生、部活の顧問とかしてたんだ? 何部? バスケ?」
「いや、文芸部」
「……そんなのあったっけ?」
「あるぞ。文化祭でも冊子出してたし」
「ふーん。運動神経良いんだからスポーツ系の顧問やれば良いのに」
「運動部は大変なんだよ。特に屋外のやつ。前の学校ではラグビー部の顧問やってたけど……もう懲り懲りだ」
ため息と一緒に、先生は漬物の入ったタッパーを空ける。すかさず沢庵に箸を伸ばすと、先生は容器をこちらに寄せてくれた。
ボリボリと、音が耳に響く。味噌汁を啜って、ほっと息をついたところで私は口を開いた。
「来年はバスケ部の顧問になったりして。球技大会で盛大にダンク決めて、結構話題になってたし」
「俺にシュート決められたら、その日の部活は終了……なら考える」
「勝てる? けっこう苦戦するかもよ?」
「……敵情視察、行っとくか」
先生の目は、本気だ。
「あ。ケーキは三時くらいに食べます?」
「柊に任せるけど……俺たち、何やってんだ?」
「え? どう見てもクリスマスパーティーじゃないですか」
炊き込みご飯、漬物、インスタント味噌汁。クリスマスに食事を囲んで、そこにケーキが加えれば立派なパーティーだと思う。
「あ、雪も降ってきた。ホワイトクリスマスって、縁起良いんでしたっけ?」
席を立ち窓際へ。空を見上げると、そこは一面、白い雲に覆われている。
先生は遅れて腰を上げると、指先に持った漬物をチビチビと食べながら隣に来た。
……なんかいつもより、一歩ぶん遠くない?
窓を開けると、冷たい風が一気に部屋の中へと流れ込んでくる。
一緒に舞い込んできた粉雪は、先生の癖毛にぽつぽつと降り積もる。
「……寒いな」
「別に良いじゃん。先生、メリークリスマス」
クラッカーの代わりに、私は小さく拍手した。ついでにこの微妙な距離を一歩だけ詰めておく。先生は困ったような顔で私を見つめた後、同じように拍手する。
その日の帰り道。
「じゃあ先生。予備校休みの日にまた来るから」
「ああ。休館予定は確認しておけよ? 気をつけてな」
それは、教師と生徒の普通の会話だった。




