第63話 進路指導室の空気
違和感は今日も続いている。
……っていうか、違和感とかそういう次元じゃない。
朝教室に登校して、皆と挨拶を交わすところまでは、いつも通りだ。
机に座って、私が鞄から勉強道具を取り出すと……皆が示し合わせたみたいに自習を始めた。
隣のミカを睨むと、その身体がビクっと震えた。
「……発案者っぽい」
「へぇっ!? 違う違うミカじゃない!!」
ミカは両手と頭をバタバタと振り否定すると、田中を指さした。
「ていうか最初に始めたの田中だし」
「……おん?」
田中は参考書をめくる指を止める事なく、話を続ける。
「……柊が勉強してる間だけでも自習すれば、ちょっとはマシになるかなって思ったんだよ」
そう言って頭を掻く田中は、何となく恥ずかしそうだ。
「え、違うよ。『頑張ってる柊のためにも、俺達も勉強して受験ムード作らねえか?』って言ってたじゃん」
「いや、速攻バラすなよ! ミカってやっぱアホだ!!」
お礼を言いながら頭を撫でたら、田中の坊主頭まで真っ赤に染まった。
……ちょっと、可愛い。
* * *
昼休み。弁当を食べ終えた私は、机に頬杖をついてスマホを眺めていた。
教室のざわめきはいつも通り。……今私が参考書出したら、どうなるんだろう。
そんな中、ガラッと扉が開いてミカと田中が戻ってくる……と、同時に。
何となく視線を外へ向けると、廊下の向こう側。ピータンが、無言で二人を睨んでいた。
……私は目を逸らして、何事もなかったかのように二人へ声をかける。
「どこ行ってたの?」
ミカは借りてきた参考書を机に置くと、ひらひらと手を振った。
「進路指導室だよー。てか聞いてっ!? 田中、志望校のレベル上げるんだって! 田中のくせに!」
「なんでバラすんだよ!? 俺のプライバシーどこ行った!?」
田中の抗議は、ミカの耳には届かない。私も一緒に、田中のプライバシーを補足しておく。
「前から相談してたよね。放課後、赤本借りてたし」
「……見てたのかよ」
小さく呟く田中に、私は笑っておく。
最近は、先生に質問している姿もよく見かける。ノートとワークを抱えて、真剣な顔で話を聞いていたりもする。
――なら。
「……せっかくだし、二人も進路指導室で勉強したら?」
自然と出て来たのは誘いの言葉だった。
「三山先生、国語以外も結構教えるの上手いよ。小テストも作ってくれるし」
二人きりの時間が減るのは、ちょっとだけ寂しい。でも、あそこは私だけの場所じゃない。
そう思っての提案だったけど、ミカと田中は顔を見合わせて、ほぼ同時に……微妙な顔をした。
「いや……先生と柊、二人の空間にいるのは何というか……」
田中が歯切れ悪く言葉を濁す。そのまま視線をミカに投げると、ミカも苦笑いを浮かべた。
「まぁ、田中の言いたいことは……ミカにも分かるよ」
その表情を見た瞬間、胸の奥がザワついた。
……え?
「……そんなに変な空気になってる?」
自分の声が少しだけ硬くなる。私の言葉に、二人はゆっくりと頷いた。
「空気がピリついてて、居心地悪いんだよ……あそこ」
「そう! 先生と葉月、全然喋らないもん!」
「ヤバいよな。無視するゲームでもしてんのかって思う」
「そうそう! 葉月が先生の机に行ったと思ったら、無言でプリント渡されててさ!」
「で、柊が顔しかめて、それ受け取るんだよな」
「「……無言で」」
最後は綺麗にハモって、二人とも私の顔を見る。……そんなふうに、見えてたんだ?
進路指導室で過ごす時間。コーヒーの香りと静かな空気、そしてたまに交わす言葉。
私にとっては――。
少しだけ特別で。
少しだけ甘い。
……。
――どうやら、そんなふうには見えていなかったらしい。




