第61話 球技大会
球技大会準々決勝。
三年七組女子バスケットボールチーム『てやんでぃズ』は順調に試合を進めていた。
指先から離れたボールがネットを揺らすと、背後から金色のお団子ヘアーを揺らしたミカが飛んでくる。
「葉月ナイスー!! 良いよ良いよー! どんどん打ってこー!!」
ミカの声が体育館中に響き渡る。
元バスケ部とはいえ、私は中学を出てからはたまに朝ランニングするくらいだ。
身体は動きを覚えているけど、動作の一つ一つが何か重い。
それに比べて――。
「葉月、ナイス」
横を駆け抜ける大野さんは短く私の肩を叩くと、次のディフェンスに戻っていく。
練習の時から思っていたけど、地元クラブで現役を続けているだけあって、動きが一段違う。
相手のセンターを押し込んで華麗にレイアップを決めるし、リバウンド争いもほとんど負けない……どころか無敵だし。
あと、チョコチョコと走り回るミカも、シュートは入らないけど妙に上手い。
この調子なら優勝いけるんじゃない? なんて思ったところで事件は起こった。
試合終了の笛が鳴り、ミカが盛大に騒いでいるその横で、大野さんがほんの少し足を引きずってしかめっ面をする。
「みんな、本当にゴメン」
大野さんはパンっと手を合わせて言った。
「さっき、思いっきり足捻っちゃった。この後は見学していい?」
「えええええええええええええええええ~~~~~~~~~~~っ!?」
私達の「大丈夫?」の声はミカの大きな声にかき消された。
* * *
「……七組、卑怯じゃない?」
「いや、三組は全員バスケ経験者じゃん? そっちの方がズルイもん!」
「体育祭ではそっちが勝ったんだしさ。球技大会はそこまでしなくても良いじゃん?」
「ううん。ミカは全部勝ちたいと思ってるから!」
対戦相手は因縁のライバル、三組。その三組からのクレームにミカは全力で舌戦を繰り広げている。
「……いや、俺も卑怯だと思う」
「いや、先生はこっちの味方してくれんか!?」
無理やり連れてこられた強力な助っ人。担任の三山先生はコートの真ん中で立ち尽くしていた。
体育館中の視線は、先生へと突き刺さる。
「既に負けたクラスから一人呼んでくるとかさ。あとは相手チームも1人減らしてもらうとか、そういう方法が妥当だと思うんだよ」
先生の説得に皆が「そうだそうだ」と首を振る。それでもミカは……めげるどころか胸を張った。
「いや、三山先生って元インターハイ出場者じゃん? その姿見たくない?」
納得の空気がジワジワと体育館へと広がる。
「あと、絶対に面白いと思わん? ミカは思うねっ!」
滅茶苦茶な論理を、『なんだか面白そう』の雰囲気で押し通していく。
ため息をついた三山先生は、試合の開始を遅らせるよう頼んで……ストレッチを始めた。
「三山先生やる気じゃん!」
「全く無い。怪我が怖いだけ」
ミカと先生の姿は対照的だった。
試合が始まる。ティップオフは相手ボールに。三組のガードがドリブルで前へ出た瞬間、ミカがパスコースに入った。
「ゲットだぜ!」
ボールが弾かれ、そのままミカが拾う。そしてそのまま――。
「先生っ!」
身長180cm以上、インターハイ出場。パスを受けた男の一挙一動に周りの注目が集まる。
「ほい」
先生は、やる気なく立ったまま最小限の動きで私にボールをパスしてきた。そのボールは緩い軌道を描く。
とりあえず前を向いてドリブル突破を試みるもスペースが全然ない。横目にチームメイトの姿を探す。ミカは変なところに、先生は――。
……元いた場所からゆっくり、歩いているところだった。
試合はどんどん進んでいく。エースを欠いた七組は得点力がガクっと落ちて……私以外のシュートが入らない。
そして頼みの綱の三山先生は全く役に立たない。
「先生、そこから打って!」
「へい、柊」
私にパスが回って来る。
「先生、止めて!」
「ほい」
一歩動いて腕を伸ばすだけ。
「先生、そこからドリブルで――」
「嫌だ」
ミカに鋭いパスが飛ぶ。
「もー! ちゃんと勝つ気あるのっ!?」
地団駄踏んだミカが先生に詰め寄る。
「体格差があるから危ない。だから俺は、チームの潤滑油に徹したいと思ってる」
先生は全自動パス中継器と化し……試合は4対12で負けた。
* * *
体育館にはバスケットコートが二つ。片方では決勝戦が行われていた。
私たちは空いたコートのエンドライン際、壁にもたれるように固まり、ジュースを飲みながらそれを眺める。
先生にジュースを奢らせても、ミカの怒りはまだ収まらない。
「先生が本気出さないから負けたんじゃん」
「いや、だから卑怯だって言っただろ」
「もうちょっとシュート打つとか出来たじゃん!? 同点までは本気出すとか!!」
「女子高生相手に、大の大人が本気出すとか駄目じゃない?」
先生はパック牛乳をチューと吸いながらドヤ顔を決める。でもまぁ、たしかに……。
「期待外れでは、あったよね」
「ほらー! 葉月もこう言ってるし!!」
私がポツリと零した言葉を、ミカが全力で拾い上げて持ち上げる。試合に負けて観戦モードに入ってる他クラスも巻き込み……最終的には謎の「インターハイ!」コールが始まった。
……いや、まだ隣のコートで決勝戦やってるんだけど? 周囲を煽り終えたミカは、リンゴジュースを一気に飲み干して先生へと叫ぶ。
「ちょっとくらいインターハイっぽいトコ、見せてよねっ!!」
「えぇ……?」
周りから圧をかけられた先生はボールを手に渋々と立ち上がる。
二度、三度、ボールを床について、バスケットゴールを見つめて私達へと振り返る。
「……失敗しても、文句言うなよ」
「うん、笑わない」
ミカは大きく頷いて宣言する。
「いや、むしろ笑ってくれ」
「OK、動画撮っとく」
皆が拍手で盛り上げる中、先生はスマホを構えだしたミカにため息をつく。そのままドリブルでゴールへと向かうと――大きく飛んだ。
ガァン!!
リングが激しく揺れ、遅れてネットからボールが吐き出される。
――先生が着地するより早く、割れるような歓声が爆発した。
私も思わず声が出た。驚きと尊敬と……ちょっとだけ好意も混じった声。
ちなみにリングまでの高さは10フィートある。160cm半ばの私にはとてもじゃないけど届かない。
180cmある男子でも……いやいや。先生、化け物クラスじゃん。
先生は大歓声の中、ホっとしたような顔で戻って来る。凄いとはやし立てる私たちをよそに「怪我しなくて良かった」と息を漏らす。
インターハイ……これがインターハイ経験者……。
胸の奥に何だか熱いものがこみ上げてきた私は、先生に言う。
「ねえ先生。1 on 1やろうよ。本気で」
「……え、マジで?」
「うん」
盛り上がりそのままに私と先生の勝負が始まる。
本気を出した先生に、私は文字通り手も足も出なくて。
「先生、女子高生相手に本気出して恥ずかしいと思いませんか?」
「いや、本気でやれって言ったの柊じゃん」
……口だけは、出しておいた。




