第58話 文化祭②
私とミカ、焼き芋ガールズに挟まれる三山先生は、三年七組の屋台『ロシアンルーレットたい焼き』へと一直線に向かう。
行列の最後にはナース服に身を包んだ大野さんが『最後尾』の看板を持って立っている。
「あ、三山先生じゃん。てか葉月とミカ、なんで体操服着てるの?」
「焼き芋のコスプレだよーっ」
妙にセクシーな大野さんの問いにミカがウキウキと答えた。
「いや、たしかにそれっぽいけど。あ、三山先生。私のナースどう? 似合ってる?」
「それ以前に際どいな。保護者とかからクレーム入ったら、謝罪するの俺じゃん……」
大野さんの誘惑は、三山先生に届いていなかった。……いや、裾が短いから誘惑してるように見えただけかもしれないけど。
「――担任なんだし、列に並ばなくても良いんじゃない?」
「いや、それは悪いから並ぶよ。それに意外と早く順番が来るんだろ?」
私の提案に三山先生が断りを入れたので、三人で腕を組んでくっついたまま列へと並ぶ。
行列は予想通り、どんどん消化されていく。並んでいる最中に個数確認が入り、お会計までその場で済ませるシステムだ。
「……ちなみにこれ、利益どれくらい出てるんだ?」
「分かんないけど、材料が足りなくなって急遽臨時買い出し係作るくらい……かな?」
今も手が空いた屋台当番の子たちが、スーパーと学校を走り回っているらしい。そんな話を、先生としながら列は進んでいく。
「……明日はキャビアとか入れても良いような気がするよね」
反対隣のミカは、勝ち誇ったような顔でニヤリと笑った。
* * *
私たちの番がくる。田中の真っ白な全身タイツは、跳ねた生地やら具材で薄汚れていた。
「へいお待ち! 身内だから無料サービスな」
私、先生、ミカの順番でたい焼きを受け取って、そのまま屋台の横へと回る。
ロシアンルーレットたい焼き。ランダムなのはその具材で、あんこやカスタードなどのベーシックな具材に、ベーコン卵マヨなんかの総菜系もある。そして外れは――。
「……これ、どう見ても中にワサビ入ってるんだけど。緑色が透けてるし……」
「抹茶の可能性もあるでしょ?」
「いや、ないだろ。抹茶なんて買ってないだろ」
私の適当な誤魔化しは、先生に一瞬で見破られる。……いや、見破られたのは私のせいじゃない。
――クラス全員の目が語っている。「それはワサビです」、と。
私達だけじゃない、行列に並ぶ人や通りすがりの生徒たちも三山先生へ視線を送る。
口にするのをためらう先生は、田中の顔を見る。……田中は、無言で頷いた。
ミカを見る。……ミカも無言で頷いた。
逃げ場を探すようにクラスメイト一人一人へと目線を送る。……全員が、無言で頷いた。
――逃げ場はない。
私は最後の背中を押す事にした。
「先生、怖がらなくて大丈夫だよ。一応味見してるし、チーズも一緒に入ってるから意外と平気」
「チーズ入ってるなら、まぁ大丈夫そうだけど……」
――もちろん、味見なんて誰もしていない。
ワサビ入りたい焼きが提供されるのは、これが初めてだ。
今朝の調理中、誰が味見をするか? と皆で話し合ったのだけど……。
『鮮度の高いリアクションが見たいよね?』
ミカが言ったその言葉に、みんなの気持ちがひとつになる。……いや、私は田中に食べさせた方が良いと思う。
『じゃあ、文化祭始まってから三山先生に食べてもらおう』
誰が言い出したのかは分からない。ただ三年七組の決定は――そうなっていた。
全員が見守る中、先生は皆の期待を背負って、大きめの一口でたい焼きを頬張る。その顔は、とても嫌そうだ。
数回の咀嚼の後、その顔は疑問の表情へと変わる。もしかして、意外と美味しいとか?
クラス全員にわずかな動揺が走る。外れなのだから、隠れた絶品になっていたら困る。
先生の様子を伺いつつ、私は失敗の原因を何となく探してしまう。なんとなく入れたチーズが奇跡的に中和してしまったのか、加熱したワサビは辛くなくなるのか。
隣を見ると、ミカは「やっぱ田中に味見させれば良かった」って不満顔をしているし、田中は「俺がいっとくべきだった」って反省顔をしている。うん、やっぱり田中に何度も食べさせて研究すべきだった。
時間にして、およそ8秒くらい。残念なムードが漂いかけたその時だった。
「――あっ……」
先生が静かに涙ぐみ、上を向く。そして首をかしげて、たい焼きの断面を見つめ――もう一口。
「……駄目だ。いやでも――あ、やっぱ駄目だこれ」
先生は目を潤ませながら咳き込み、また首をかしげてもう一口……食べようとして、止めた。
「どんな感じどんな感じ?? ねえ先生、どんな感じ!?!?」
ミカが満面の笑みで先生の顔を覗き込む。私も一緒になって、覗き込んでみる。
「……なんか鼻水出そうになってきたから近寄ってくんな。あー、いや、これ……ダメだわ」
先生は田中から受け取ったティッシュで鼻を押さえながらレビューを始めた。
「……最初はうっすらチーズを感じるんだよ。ぶっちゃけ味が薄くて不味いんだけど、食べられそうな雰囲気がある」
先生は腕で口元を押さえて、また何度も大きく咳き込んだ。……え、大丈夫??
眼鏡を外した先生は、新しいティッシュで目を拭うと、また語り出す。
「しばらくは生地の甘味の中に、よく分からないけど薄くて不味い何かを感じて――ワサビがツーンと来る」
受け取った水を苦そうな顔で先生は飲む。
「でも意外とすぐ治まるから、まだ食べられそうな気がするんだよ。で、二口目食べたら……体が拒否反応示しだした。とりあえず、不味い。本当に不味い。一口だけなら意外と平気だから、凄く質が悪い……」
先生のレビューを聞いた田中は腕を組み――ミカと頷きあう。
「……最初にガツンと来ないと面白くないよな。やっぱ、チーズ無しでいかねえか?」
「うん、ミカもそう思った」
相談を始める二人に、先生が問う。
「味見……したんじゃなかったのか?」
「ううん。先生で初実験。でも良かったかも! 田中が味見してたら、こんなに良い食レポ聞けなかったし」
嬉しそうにハシャぎだしたミカは弾けるような笑顔で言葉をつづけた。
「だから先生。次はワサビだけのやつも食べてくれる?」
「絶っ対に食わねえ。あとチーズは絶対に入れておけ。入れ忘れは許さん。あれが唯一の味と呼べる何かだ」
先生の真剣な指摘を受けて、ワサビ入りたい焼きの調理が始まる。
ときおり眼鏡を外して目を拭うその横顔に、私は聞いてみる。
「……先生、実験台にされて怒ってないの?」
「え、怒らないぞ? っていうか一口目は結構大丈夫って、今回分かったわけだし――」
その笑顔は、本来なら生徒たちを奮い立たせる希望の笑顔になったと思う。
「このあとはクラス全員、一口は食べる流れだろ?」
しかし続いた言葉に、時間が止まる。
「一口サイズに切り分けるのが難しそうだし、チーズ入りのだけ作ってくれ。ワサビは後から載せると良い」
具体的なその指示にクラス全員が――希望のない悲鳴を上げた。




