第56話 いつもの進路指導室
文化祭まであと数日。
たくさんの足音が、外も校舎内もおかまいなく鳴り回り、その準備に奔走する。
うちのクラスでも『勉強したくない気分の人だけ放課後に残ろう』なんて変なルールのもと、着実に作業は進んでいく。
……まぁ、そんなに進学に熱心な高校でもないし、ほとんどが残ってるんだけど。なんだかんだ、みんなお祭り騒ぎが好きらしく、黙々と勉強しているのは私くらいだ。
一区切りついたところで、うーんと伸びをする。
夏終わりに伸びた私の成績は、この秋になってさらに伸びた気がする。……これ、本当に国立大学狙えるんじゃない?
気分が良くなってきた私は黙々と仕事をする三山先生へと振り返る。目が合ったので、そのまま笑顔を送る。
「……いくら払えば良い?」
「……え?」
「柊のスマイルの値段だ。可愛すぎて心臓が止まるかと思った」
「いや、いらないし」
先生はいつも通り。――そう、いつも通りの異常な日常だった。
「安売りは駄目だろ。良い仕事には相応の対価が支払われるべきだ」
「仕事じゃないし。ただの気まぐれだし」
「結果的に俺の仕事のモチベーションが上がってるからな。税金から柊に、何らかの還元があっても良いと思う」
たかが笑顔一つにお金出されても。じゃあここで私が先生に想いを打ち明けたら何が出てくるんだろう?
ほんの一瞬だけ想像してみたけど――出て来そうなのは『辞表』の字が書かれた、真っ白な封筒だけだった。
* * *
「あ、ミカから先生に伝言。『たい焼きの被り物を文化祭までに買っといて』だって」
「……前に1つ買わなかったか?」
「あれは田中が使うんだって」
私は先生と向かい合って座り、お菓子をつまんでコーヒーを飲む。進路指導室の入口には『相談中』のプレートも出しておいたし、鍵も閉めてある。ここは飲食厳禁なのだ。
そして進路指導室に入り浸る私には、三山先生へのリアルタイム連絡という役割が与えられていた。
「こないださ。ミカ達と、『今までに何回告白された?』って話になったんだよね」
「柊は多そうだな。ここでもよく、男子生徒から相談されるし」
「え、そうなの?」
初耳だ。
「うん。恋愛相談はもちろん、玉砕後の慰めもサポート対象だ」
「サポート対象って」
直近だと……高木とかも来たのかな? どうなんだろ。
「まぁ俺に言われても困るんだけどな。恋愛相談はタメにならないし。フラれた気持ちなら分かるけど」
「そうなの? 先生、それなりにモテそうだし恋愛相談も得意そうなのに」
恋愛相談してたら沼るタイプの魅力もあると思う。言わないけど。
「だって俺、柊に百回以上フラれてるからな」
挨拶のように告白する先生がおかしいのだ。最近はもう、辞表の重さもよく分からないし。
「……それでまぁ、話を戻すんだけどさ」
コーヒーで眼鏡を曇らせながらドヤ顔を放つその男に、私は言葉を続ける。
「それでいくと、私もさ。今までに百回以上告白されたことになるよね? というか、ここ一年で」
「さすが柊。モテモテだな」
先生は、慣れた手つきで辞表を取り出し、ゆるく笑う。……私に見せてくるその封筒は、ドラマで見る警察手帳みたいな感じだ。
「柊、好きだ。付き合ってくれないか?」
「……そういえばコーヒー豆、変えました?」
いつもの調子で言うので、適当に返しておく。けれど、実際のところ気が付いていたりするんだろうか?
――私の本当の返事が、YESへと変わっている事に。
好意を伝えることはおろか、匂わせることすら出来ない。
私の恋は、本当にやっかいだ。




