第54話 台風③
――今頃、先生はパパの晩酌に付き合わされているんだろうか?
パパの正面に座らされ、縮こまっている先生の姿が目に浮かぶ。
早くフォローするために私は手早くお風呂を済ませて、ドライヤーで髪を乾かしていた。
「……お泊まりってことは、すっぴん晒すことになるじゃん」
一瞬そう思ったけど……修学旅行で普通に見せてたか。気にしないことにする。
パタパタとスリッパを鳴らしながら急いでリビングに向かうと――。
「はっはっはっはっは! アイツがそんなに偉くなったか!!」
「ええ。私も数えきれないほど雷を落とされました」
「俺が学生だった頃はな――」
パパも先生も、見たこともない顔で笑ってた。二人して大盛り上がりをしている。
「晶、もう一杯いけるか?」
「いただきます。巌さん、お酒強いですね?」
……なんで名前で呼び合ってんの? てか先生を呼び捨てにしてるのは一体なんで??
私は「どういうこと?」って顔をキッチンへ向けるけど、ママは「さあ?」って笑うだけ。
間に入って仲を取り持つつもりだったけど、二人の間にそんな隙間は見当たらない。私は冷蔵庫を開けて……とりあえず水を飲んだ。
「晩御飯にしましょうか」
ママの一言で、宴会みたいな空気を保った食卓へお皿が並べられていく。咄嗟に立ち上がった先生も料理を運び始める。
「あら、三山先生。お客様なんだから座っていてもらって良いのに」
「いやいや、とんでもない」
ママの言葉に止まることなく、三山先生はお皿を受け取る。ママの視線はそのまま、ダイニングに座ったままのパパの方へ向く。
「パパも見習った方が良いんじゃない?」
「……すまん」
機嫌が良いからなのか、ママの圧を感じたからなのか。珍しく家事を手伝うパパの姿が、そこにはあった。
長方形のダイニングテーブル。パパと先生が向かい合わせに座って、ママはパパの隣。私は先生の隣。
せっかくだから先生と色々話そうかと思ったのに、私と先生は距離が近いのにちょっと話がしにくいポジションだ。
「一つだけ、俺の時代から残ってる定食屋が駅前にあってな」
「カロリーハウスですか?」
「そう、それだ! 晶も行ったことがあるか?」
位置的な問題どころか、パパが先生をまったく離してくれない。
「ねえ、先生」
「うん?」
「葉月。すまんが後にしてくれるか。晶、あの店のエベレスト盛りを食べたことはあるか?」
口を挟もうとしても、すぐにパパがブロックしてくる。
……結局、私が先生と話せたのは醤油のやり取りだけだった。パパばっかりずるくない? その人、私の担任なんだけど。
食後も二人の話は尽きず、今は並んでソファに座って……何見てるんだろう?
「ねえママ、あれ何?」
「パパの若い頃の試合動画」
「え、なんでそんなの見せられてるの……?」
画面が切り替わるたびに二人して盛り上がってるけど、私にはさっぱり分からない。ていうか、マジでパパに腹立ってきたんだけど。
これって……嫉妬?
結局その夜、先生とは一言も言葉を交わせないまま――夜は更けていった。
* * *
「おはよう」
朝起きてリビングへ向かうと、そこに居たのはママだけ。先生の姿は無かった。
「先生、もう帰っちゃった?」
「ううん。今パパとお散歩がてらパン屋さんに行ったわよ」
……パパのやつ、手とか繋いでないよね? 私はヨーグルトにオートミールを入れながら、自分の身体に熱が灯るのを感じる。これが嫉妬の炎とかいうやつだろうか?
とりあえずこの感情は間違いなく、怒りだった。
二人は帰ってきてからも離れることなく、書斎に籠って話したり、庭でなんか話したりしている。え、何? 私のライバルってパパなの?
パパもパパで、私が話に入ろうとするのが嫌なのか距離を取って三山先生を奪っていく。
仕方がないので私は自室に籠って行き場のない想いを受験勉強にぶつける。気が付いたらお昼になっていた。
「昼ごはんは食べていかないのか?」
「はい。さすがに長居しすぎなので」
パパの問いに先生は静かに答える。ランチタイムこそは先生と話すつもりだったのに、先生は帰ってしまうらしい。
パパは寂しそうに口を開く。
「そうか。また、会えるかな?」
……いや、それオッサンが言うセリフじゃないよね? ほら、先生も困った顔してるじゃん。
「それはやはり……立場的なものがあるので……」
先生の言葉に、パパがふっと目を伏せる。
「そうか……。なんというか俺たち、ロミオとジュリエットみたいだな……」
……は?
いや……え?
誰がロミオで誰がジュリエット? オッサンと教師で何の悲恋やってんの? しかも娘を挟んで??
やめてくれない?
先生は一瞬固まったけれど、ふっと微笑んだ。
「……禁じられた友情、ですかね」
やめて、先生まで乗らないでくれる? 余計にややこしいから。パパの顔がぐっと明るくなる。
「そうだな! 俺たちは時代に阻まれた運命の――」
……なんでさらに盛り上がるの? 誰か止めてよ。ほんとに。
見たくもない禁断の二人の関係はクライマックスを迎えたあと。
「でも、いずれまた是非、ご一緒しましょう」
「ああ。葉月が卒業したら絶対、また飲もう」
先生の名言に、パパの顔がパアッと明るくなる。二人が見つめ合いながら熱い握手を交わして幕を閉じる。
……抱き合わなくてほんとに良かった。
* * *
背中に熱い視線を感じつつ、私は先生を見送るために一緒に外に出た。パパも出てこようとしたけど、ママに止められていた。
……いい年齢して、名残惜しそうな顔をするのは本当にやめた方が良いと思う。
玄関を出て、駐車場の前で私は先生と二人っきりになる。
「ご両親にもまた、お礼を言っておいてくれ」
「うん」
先生はあっさり帰ろうとして……挨拶のために上げたその手を一旦下げる。
「しかし、全然柊と話せなかったな」
「パパが独占してましたしね」
私の小さな恨み節は、拗ねるような雰囲気をまとった言葉になる。先生は何が面白いのか軽快に笑い出す。
その様子をじっと見ていたら……先生は、物凄く小さな声でささやいた。
「じゃあ、今度はご両親が不在の時に泊めてもらうよ」
「犯行予告ですか?」
「怪盗ミヤマンだ」
そう言って先生は、両手をグーにして揃え、差し出す。
「そのポーズ、何ですか?」
「お縄につく時のポーズ」
……手錠、買っといた方が良いのかな。
こうして、先生のお泊まり(in柊家)は……全てパパに奪われて終わった。ドキドキなんて一つもなく、ただ嬉しそうにハシャぐ父の様子しか思い出に残ってない。
家に戻ると、パパがひとり寂しそうにソファへ座っていた。その横顔からは、いつもの頑固さが消えていて。
「先生、帰ったよ」
「……そうか」
愛する人を失った、ヒロインみたいな顔をしていた。……なに主役ヅラしてんの?
「ねえパパ」
「……どうした?」
「今日一日、話しかけないで」
「えっ……?」
……なんなら顔も見たくない。
私は自室に戻り、勉強の準備を始める。ノートの最終行は、私のイライラを示すように強い筆圧で書かれていた。
何とも言えない恥ずかしさを感じつつ、椅子に手をかけて――そこに掛かったままの、先生のタオルに私は気がついた。
「……そういえば、返すの忘れてた」
明日でいいかな? たぶん良いだろう。あとでママに洗濯して貰えば良いかな。
そんな事を考えつつ、なんとなくタオルに顔を近づけると――。
「……ッ!?」
――タオルからは、三山先生の匂いがした。




