第47話 クラスで海②
男子が横一列に並んでいる。田中は私たちを見たまま、なぜか目を潤ませていた。視線はあちこち泳いでいる。他の男子も似たような顔だ。
「……ジロジロ見すぎじゃない?」
なんとなくラッシュガードのチャックが上まで閉まってるか確認してしまう。
「悪ぃ。見ないようにしようとは思ってるんだ。でも……無理なんだ。すまんっ!」
田中はそう言って頭を下げる。ミカはそんな田中の肩にポン、と手を置いて言う。
「ラッシュガード脱いだら、もっと凄いよ?」
田中は、何故か膝から崩れ落ちる。そして後ろの男子を見上げ、何度も頷き合った。
「……これが、海?」
「ああ……。これが、海……らしい」
「海最高……」
「「「海最高--ッ!!!」」」
一斉に走り出した男たちは、そのままの勢いで海へと飛び込んだ。……ちゃんと準備体操してるのかな? ちょっと心配になってきた。
「さっさと荷物置いてさ、ウチらも行こ?」
「そだね」
パラソル下に荷物を置くついでに、ラッシュガードも脱ぎ捨てる。波打ち際で写真撮るのに、上着なんて邪魔でしかない。周りの視線も気になるけど、海のテンションで乗り切ることにする。
「あとで脱ぐ方が、破壊力高いね……。葉月先生、勉強になります」
「そんなんじゃないってば」
拝んでくるミカにチョップを入れつつ、私たちはスマホ片手に波打ち際へと歩き出す。
砂がだんだん湿ってきて、足裏にひんやりとした感触が伝わる。思っていたよりも日差しがキツそうなので、日焼け止めの塗り直しは早めが良いかもしれない。
寄せてきた波の冷たさに、思わず小さな声が漏れる。ミカたちと目が合う。……どうしよ、いきなり楽しくなってきた。とりあえず、叫んで良いかな。
「「「海ーーーっ!」」」
女子全員、同じ気持ちだったのか、どことなくハモってしまった。あーどうしよ。何やってても笑えて来るんだけど。
私たちは自撮りしたり、田中の変顔や、自らの足先を揃えて撮ったり……たくさんの写真を撮る。そんなことをしていると。
「はい! 水のかけ合いっこがしたいです!!」
なんて事を男子が言い出した。
「えー? やだよ」
「メイク落ちるし」
「髪、セットしたばっかなんだけど」
女子たちからお断りの言葉を受けた男子たちは、一瞬だけ顔を見合わせ……すぐに作戦を変更した。
「じゃあ、かけられるだけでいいです!」
「こちらからは一切反撃しません!」
「無抵抗を誓います!」
――その後、しばらくの間。
一直線に並んで順番を待つ男子に、私たちは淡々と水をかけていく。
飽きてきたころ、バケツ持ってきたら良かったな……なんて思った。
勉強も水かけも、効率化は大切なのだ。
* * *
ひとしきり遊んだあと、日焼けするのがいやな私はパラソルの下で海を眺めている。
「柊、ジュース飲む?」「あ、欲しいかも」
「柊、何か食べる?」「焼きそば食べたい」
「柊、サマーベッド借りて来たけど」「え、使って良いの?」
男子が次々に世話を焼いてくれる。今はビーチバレーで盛り上がってるけど、手が空いた人が順番に来てくれてるっぽい。私は傍らでうちわで仰いでくれる田中に聞く。
「……この待遇、なんなの?」
「男子一同、今日は女子に尽くすと決めてる。中でも柊は特別待遇だ」
「なんで?」
「柊のおかげで、海に来れたからな」
「でも企画したのミカだし」
「いや、そうなんだけどさ……」
田中は、仰ぐ手はそのままに、視線だけを落とす。そして、また私を見つめてくる。
「……柊、ビキニだし」
「バカじゃないの?」
「ああ、バカだと思う」
私は遠目にスマッシュを叩きこむミカを見ながら、焼きそばを頬張った。
ビーチバレーの決着がついた頃。
「三山先生も来たら良かったのになー」
「分かる」
「先生いたら絶対面白かった」
ふいに先生の話題になった。田中たちが懸命に誘ったらしいけど、結局断られたそうだ。
「教師なんだから無理でしょ」
「バッタリ会ったって体でも良いじゃん。俺、それでフットサルした事あるもん。先生と」
田中も残念そうに言う。そういえば、お花見の時もたまたま先生が居たんだっけ。
私はなんとなく周りを見渡してみたけど、当然ながら先生の姿はない。そもそも海に来そうなタイプでも無いか。……いや、意外と行く方だったりして?
海にいる三山先生を想像してみたけど、似合わなすぎる。
サーフィンをする先生の絵が浮かんできて笑いが込み上げてきた時、田中が急に起き上がって叫んだ。
「よし! 砂で三山先生作ろうぜ!!」
「それだ! そうしよう!!」
男子数人がすぐに乗る。そこから先は、もう止まらなかった。
女子も一緒になって、なぜか全員で砂を盛り始める。
「砂像ってどうやって作るんだ?」
「分かんねえ。とりあえずデカい山つくろうぜ!」
「首掘ろうとしたら崩れるんだけど」
「あれ、めちゃくちゃ難しくね?」
砂で人を形作るのは、さすがに無理があった。それでも諦めずに頑張った結果、目と口が付いた頭の丸い円柱が完成した。
「……埴輪にしか見えないよ、これ」
「……いやでも、結構先生の雰囲気出てないか?」
「全然出てないし」
「でもこれ以上無理だわ……」
みんなが黙る。その沈黙を破ったのは、ミカだった。
ミカが両手にワカメを持って、戻ってきたのだ。
「……ミカが魔法をかけてみせましょう」
ミカは厳かな雰囲気でワカメを砂山の上に乗せた。そのワカメは髪の毛のように整えられていく。
「……ちょっと三山先生っぽくない?」
「そんな事言ったら、怒られるでしょ」
「けど、皆で頑張ったんだぜ? 逆に喜んでくれるんじゃね?」
「……ああ。三山先生ならきっと、喜んでくれるはずだ」
田中がしみじみ言った言葉に、皆で頷く。
そして、みんなで砂浜に誕生した三山先生と集合写真を撮る。
あとで見返したその写真は、どう見てもワカメが乗っただけの埴輪だった。
* * *
夕方。
海は少し冷たくなって、空気もやわらかくなっていた。帰り支度をしていると、誰かが言った。
「……砂の三山先生、どうしよう」
沈黙。
「壊しにくいよな……」
「そもそも作ろうって言ったやつ誰だよ」
「田中だろ」
「うん、俺だわ」
田中があっさり認める。
「責任取って持って帰れよ」
「無理だろ!」
みんなが笑った、その時。
大きめの波が、砂浜を舐めるように寄せてくる。
私たちが慌てて荷物を持ち上げるのと同時に、砂山の足元が、じわじわ崩れる。
「……先生、海に帰っていく」
誰かが言って、変な笑いが起きた。そしてもう一度、波が来て――。
三山先生は、静かに海にさらわれていった。
……砂浜に残されたのは、ワカメだけだった。
私たちは横一列に並び、夕陽に照らされて光るそれを見つめる。
「……なんか、エモいな」
「違うと思う……」
田中の言葉に否定しつつ、そのワカメを見ていると何となく――三山先生に会いたくなった私がいた。




